74:今、自分たちに出来ること、とは?
散発的なテロ行為。
イクスブリード・ドラゴン出現からのサテライト要塞轟沈の一件から、デモドリフト側の行動を評するならばこのひと言に尽きる。
要塞陥落とほぼ同時に、こちらの世界に上陸して指揮を取っていた幹部連中も倒れて、ヤツらの登場以前の状態に戻ったような頻度になっている。これも受けて世間は異界からの侵略による深い爪痕を癒して行こうという段階になっている。
が、それでめでたしめでたしとは行かないのだ。
「裏切り者のウェイド博士の身柄を押さえられて無いってのが痛いよな」
「うん。それになぜ未だにゲートから無人機のテロ攻撃が続いているのか、そこも気になる」
「ああ。ヤツらの本拠地、あそこほとんど何にも動いてなかったもんな」
「変化を偵察しに乗り込もうにも、こっちからゲートを開く手段が無いからね」
そうなんだよな。
三人娘がうなずいてくれたように、惑星デモドリフトは廃棄も同然の状態だったのは見てきている以上、散発的とはいえ攻撃が起きている事そのものがおかしい。
せめてドクター・ウェイドの生死の確認が取れていれば、ヤツの仕業かどうかもハッキリしただろうに。そうでなくてもヤツの研究所が押さえられていたなら、実際にデモドリフトと取引していた記録やらなんやら、こちらからの侵攻路を開く足がかりが出来ていたかも知れないのに。
「そんなハッキリしない状態なのに、門武守機甲の上ではドクター・ウェイドは死んだだろうってさ。おまけに衛星要塞を潰さずに残しておいておけばアタシらの懸念も解決出来た上に、さらなる有効利用も出来ただろうにとか、ほざいてるらしいじゃないかッ!!」
「まったく。最前線の私たちが生きるか死ぬかの瀬戸際で掴んだ結果だって、お偉いさんにはわからないみたいだ」
「ああ、確かに腹は立つ。幸いなのは私たちの真上にいる長官と副長官は、私たちの懸念も理解してくれていることだが」
「違いない! ウチらのユーレカのトップがボケてない事。それだけが現場の救いだよ!」
「……まあそこから降りてきた指示がこれ、なのはちょっと思うところがあるけれども……」
俺のそのつぶやきに、目の前の長い金髪に包まれた頭がためらいがちにうなずく。
この位置関係のとおり、俺は今クリスの鞍上に跨がっている。それはいい。信頼関係の結ばれたケンタウロスとその二の背に収まる体躯の持ち主の間にならばよくある事だ。
おかしいのは俺の後ろにファルが。その俺たちの上にのし掛かるようにしてルーナも乗り込んでる事だ。いわゆるドラゴン形態を模した、ランドに他二機が重なった形を生身で強引に再現させたものなのだとか。
「……いや、やっぱりこんなの絶対おかしいよ!? クリスばっかが重たい思いしてるだけじゃないか?」
「だよねー」
「い、いやこれくらいは! 速度特化の一族ならばともかく、かつては自身と背中の相方で全身金属鎧を纏って戦っていたランス氏族の私だ! 負荷はあるがまだまだ余裕だぞ!?」
いや耐えれる重量だとかそういう問題じゃないって。行き詰まってやるだけやってみたにしたってこんなの明らかに意味が無いだろ。
そんな風に自分達の珍妙な組体操を振り返っていれば、てちてちと近づいてくる足音にクリスの耳が動く。
「あ! 姉ちゃん兄ちゃんたちがなんか面白い形になってる!」
「アレだよ、みんなで合体したってヤツ!」
「おう、アルテルにリュカ。お嬢と坊のお揃いじゃん」
やってきた獅子人の少女と狼人の少年に、ルーナがスルリとクリスの背を降りて迎えに。
そうして「坊っちゃん嬢ちゃん呼ぶな」と抗議する長官・副長官のお子さまの頭をワシャワシャなで回す鯱娘の背中を眺めて、俺たちも分離する。
「あれ? 先生も来たね」
そうして軽く飛び上がったファルの視線をたどったなら、二人組に遅れてこっちに向かってくる朱赤色した髪の女医さん、パーシモン先生の姿が。今日はパーシモン先生が引率役だったのかな?
「はぁー……樹人系でない子に着いてくのって大変ねぇ……」
汗をかいたせいか、普段より割り増しで甘い香りを漂わせるパーシモン先生に、クリスが四つ足の下半身を支えに貸し出す。
「ありがとう。ついでにドリンクの差し入れって思ってたんだけど、これじゃあ私の方が必要ね」
「ありがとうございます。では……このボトルを」
「あらー……遠慮しないで特製ジュースを持ってってくれたら良かったのに……リード君はいかが?」
「そうですね。いただきます」
そんな期待する目で勧められたら断るに断れないよな。まあ、いつものフルーツジュースなら美味しいからありがたいんだけれども。
しかし、全員を乗せてたクリスはともかく、跨がって中段役だった俺が差し入れをもらって良いものか。
そんなことを思いながらも受け取ったからには放置も申し訳無い。と、口を着けたならいつも通りのさらりとした甘味と香りが口の中に広がる。
しかしそうして味わっている俺に向けられる目は、パーシモン先生の熱っぽくも満足げな微笑みはともかく、他のみんなからはやや引き気味のもの。それはアルテルとリュカからも例外無くだ。
だって仕方ないじゃないか。先生の「何か」入りだって分かってたって、あんな期待されてたのを無下にしたらかわいそうじゃないか。先生だって医者として体に毒になるようなのは用意するワケが無いのは身をもって知ってるし。
「ねえねえ。どう? 新しく出来た合体って強いの!?」
「そりゃあそうでしょ! パパがウチの切り札って言ってるのが全部ひとかたまりになったのよ。超強いに決まってるわ!」
そんな言い訳を口には出さずに並べていれば、興味の移った少年少女がキラキラした目を俺たちへ。
基地トップのお子さまで出入りの機会も多いとはいえ、二人ともよく色々と知ってるもんだ。まあ、ドラゴンについては対デモドリフト戦の希望とするために姿や戦闘の映像ログを一部公表しているから不思議じゃ無いが。
「おうともよ! 超強ぇぞぉ。新しい切り札のアイツがあれば、侵略者どもなんぞ一捻りだっての!」
「まさに私たちの守護龍だな」
「わぁー! すっげぇーッ!!」
自慢気にドラゴンのパワーに太鼓判を押すルーナとファルに、アルテルとリュカはキャッキャッと大はしゃぎだ。
そりゃあそうだろう。二人とも親が門武守機甲の前線基地勤め、それもリュカのお母さんは俺たちの母艦の艦長も兼任してるんだ。戦力が高まれば親の無事の可能性が上がるってもんだもんな。どれだけ頼もしい両親相手だって、心配してきただろうしな。
この子達をまた不安にさせるような事はしちゃあいけないよな。
そうして戦いへの気構えを改めていたところで、ふと側に寄る気配を感じる。それに目を向けたならたっぷりとした朱赤の髪が。
「それで……本当に体はなんともないのかしら?」
「ああ……はい。分離してすぐにも言いましたけど、異常は全然。まあもう一度ドラゴンにはなれてないので、確実にとは言えませんけど」
びっくりした。いきなりマジトーンで耳打ちしてくるんだもんな。医者として俺の容態を気にかけてくれているからこそなんだからありがたいんだけれども。
まあ通常の合体でも最初の頃はバテバテだった俺なんだから、その上を行く形態なんてそりゃあどんな負荷を受けてるかってなるよな。
最初の合体直後でケロッとしてられたのがハイになってたからのまぐれなのかそうでないのか。それをハッキリさせるためにも、早くモノにしないとだよな。
何でもう一度ドラゴンになれないのか。
前にブリードにも融合出来なかった事があったように、俺の精神的な問題なのかもしれない。俺の成長がドラゴンを扱えるレベルに到っていないのか?
そんな俺の思考を、不意の圧力が遮る。しかし圧力といっても重苦しいものじゃあない。柔らかな温もりが押し寄せてくる感じの。
その正体はクリスにファル、それにルーナのチーム・イクスブリードの三人娘。いつの間にか俺を取り囲んでいた彼女たちだ。
「まーた自分だけで抱え込んでよぉー!」
「そうだよリード。全員で合体してる姿なんだから」
「未熟故に再現できてないのならそれはチームが未熟だからだ。誰か一人の責任じゃあ無いだろう?」
「……俺、口に出してた?」
「いいや?」
「聞くまでも無い、というかね」
おずおずと尋ねたなら三人は揃ってやれやれだとばかりに頭を振ってくる。
参ったな。確かに四人で立ち向かうべき問題だもんな。まあでも、この三人がいっしょならなんとでもなる気はしてるんだ。




