73:内通の始末って面倒だよな
日の光が大量の海水に遮られた深い深い海の中。
俺は尾とその動きに連動したウォータージェットシステムでもって、頭の先から放った光を頼りにより深くへ。
「……ったく、面倒くさいところに拠点作ってくれたモンだよ、あの裏切りドクターはよ!」
そんな俺の中でぼやくのはもちろんルーナだ。
「仕方ないさ。万能艦って言われてるエキドナにも深海への潜水能力は無いし、俺たちで行かなくちゃ」
「分かってるって! ああ……せめてドラゴンが使えたらなぁ」
ルーナは言いながら、落ち着きなく黒々とした海水に閉ざされたモニターに視線を巡らせている。同行してくれている海戦隊の姿を探しているのかも知れないが、あいにくと光学では輪郭を縁取ってやるくらいがせいぜいだ。
こんなに余裕がないルーナが深海へ赴かなくてはならなくなったのは、先に俺たちが口にした通り。
洋上、空中、果ては宇宙と、あらゆる地形でバトルビークルの母艦として活躍出来るエキドナ。だが万能であるがために構造も性能も複雑で、性能のごり押しが通じなくなるところも出てくる。具体的には火器と艦載機が出せなくなって、鈍い動きでの体当たりくらいしか出来ることがなくなってしまうのだと。
門武守機甲での主力艦艇は、このエキドナをベースにした飛行・洋上向けの母艦で、海中はシーイクスベースの艦載機が活躍するのがメインになっている。
急いでいてはいつも通りにやるしかないのだ。これを見越しての兵器配備だとするならば、ドクター・ウェイドはよほど周到にやっていた事になる。
で、売国奴の博士を逃がすまいと急ぐのならあの全機合体の新形態―イクスブリード・ドラゴンと名付けられた超形態―を使えば良いし、そうしたいところである。が、ここで使わないなりの理由があるのだ。
しかし理由と言っても複雑なものではない。単純に再現出来てないのだ。
衛星軌道上の作戦を終えて地上に帰還してから、機能試験も含めてイクスブリード・ドラゴンの再合体は、当然すぐに試された。
が、出来なかった。
俺を含めた四機で固まって合体しようとしても出来上がるのは各イクスブリードまで。ならばと手動で変形合体を試しても見たが、接続は出来ても機能しない。正確に言えば合体できていた時の出力が出ないのだ。
ブリードのメモリによれば元々想定されていなかった形態である。何が出来ない原因なのか、むしろ何が原因で合体出来たのかがわからない。完全な手探りの状態なのだ。
一度出来たからには再現出来ないはずはない。しかし使えない現状はアテにしない。ドラゴンに対してはそんな方針が今のところだ。
「こんなことなら、あの博士が陸の上にいる間に捕まえときゃあ良かったのに」
「今となっては、結果としてそれが正解ではあったね。ここ以外にも避けられた面倒事も多くなるだろうし。まあ先回りに内通の証拠を固めておく事が出来たかって言うとね……」
「こうなるとドクターを擁護してた連中も怪しいんだよな。裏切りで甘い汁啜ってた連中の尻拭いでアタシらの戦闘がキツくなってるんだと思うと……クソッタレが!」
「まあまあ、そっちもそっちで今締め上げられてるワケだしさ」
罵倒の言葉を吐くルーナの気持ちは分かる。俺だってやりたい放題の尻拭いを食らってたと思えば面白くはないさ。けれどもそうやって味方を裏切って侵略者に通じていた可能性があるのは、まわりまわって罪に問われているワケで。最悪、もうすでにデモドリフト連中の攻撃で吹き飛ばされてしまっている事もあるかも知れない。ドラードにいた人たちなんかは確実に。
そういう風に結局自分と周りに災いを招く事になるのだから、不義を働くのはマイナスでしかない。
「……っと、見えてきたかな? クソッタレ魚人博士の巣が」
そうしてルーナのぼやきに付き合っている間に、俺の進行方向には沈没遺跡の輪郭が現れる。
ここで俺は手筈通りに友軍機へ発光信号を送り、包囲の陣形を取る。
「……ったく、敵だって分かってるんだから容赦なしに奇襲してやりゃあ良いのに」
同感だけれども、非道に非道を返すようではキリが無くなる。内通者相手ならまだ内輪揉めの範疇なのだから、法や手順に従わないとな。
この俺の説得に、ルーナも「言ってみただけだって」と返して降伏勧告をドクター・ウェイドラボへ送信する。
ルーナは分かってると言ったが、手段を選ばず容赦しない方が手っ取り早いし安全だって半分は本気で思ってるんだろうな。
ともかく我が星の裏切り者へおとなしくお縄につくようにと告げたのだが、返事は無い。
無視しているのか。あるいは留守か。なんにせよ次にやることは決まった。
「じゃ、ひっぺがして突入な」
さっさと終わらせよう。そんな内心がスケスケの態度で、ルーナは遺跡の物資搬入用のハッチにアンカーを打ち込む。俺は彼女と息を合わせて、開けばエキドナさえも潜れてしまえそうな扉を引っ張る。
海水を引っ掻き回すような爆音。強烈な圧となって叩きつけてくる流れに逆らいながら、俺はむしり取った扉を放り投げる。
その巨大な特殊合金の板がぶわりと海水をかき乱す中、唐突に海底遺跡が爆発する。
「ぐっわッ!? 何がッ!?」
周囲の海水を大きく吹き飛ばす程のエネルギー。暴力的な、しかし一瞬の流れに逆らって泳いだ俺は水の無い空間に顔を出すことに。
「まだ! 次は逆流するぞッ!?」
俺に向けてか叫んだルーナはアンカーを海底に。その直後に上と後ろから吹き飛ばされていた海水が一気に元の位置へ。
戻っては跳ね返され、また戻っては弾かれる。そんな海中の嵐にもみくちゃにされながら、俺はアンカーにしがみついては機体を覆うエネルギーで守りを固める。
そうして振り回されながらもどうにか激流をしのげば、次は目に怒涛の光が流れ込み、立て続けに機体を突き刺すダメージが。
「うっああ……ッ!?」
「ルーナ! しっかり、落ち着いて! 俺の中、イクスブリード・シーからは俺も君も投げ出されてない!」
化物魚に食われたのか? 俺はそんな針山に挟まれた風なダメージを堪えながら、ルーナに声を。今も食いついたヤツに振り回されているし、それまでにも散々に食らわされた。が、普段ならこんな事で狼狽えるようなルーナじゃないのに!
しかし声をかけてもルーナの息づかいは荒く、目の焦点は定まらない。明らかに普通でない彼女のためにも、ここは俺の踏ん張りどころだぞ!
なおも食いついて振り回し続けてくる明らかな敵。これに友軍機が攻撃を仕掛けているのか、すぐ側で爆発が何度となく繰り返されている。だが俺が解放される事もなく、逆にパニック状態のルーナをさらに追い詰める事になってしまっている。完全に膠着状態、むしろジリ貧と言ってもいい事態だ。
ここまで埒があかないのなら、ここは逆にいくべきか。
そう決めた俺は魚雷を発射。
カプセル封入されたエネルギー弾は当然海中を進むまでも無く、俺を挟み込んだ敵に接触して爆ぜる。
「うわあああッ!?」
自爆同然の魚雷にルーナが悲鳴をあげる。が、拘束の緩んだ好機を逃すわけにはいかない。尻尾のヒレで蹴っ飛ばしつつ離脱した俺は、そのまま一気に間合いを開けて、正面に光を捉える。
その光は俺に噛みついていた大顎と繋がっていて、アンコウの化物のようにも見える。俺はそんな散々に振り回してくれた敵の正体を見据えて―
「ルーナ今だ!」
「!? あ、ああッ!!」
開けた視界とターゲット。それで我に返ったルーナは反射的に腕を振るう。その動きをトレースした俺の腕の先には当然、ヤツの口に残しておいたアンカーが。
「吹き飛びやがれッ!!」
鬱憤を込めた叫びと共に、ルーナはメカアンコウを引き寄せつつ突撃! 相互に加速して激突した俺たちは一方的に化物アンコウの機体を引き裂き貫いた。
「……やれやれ、恥ずかしいところ見せちまったもんだ」
「なんだよそれくらい。だったら俺なんか恥ずかしくて生きてはいれないくらいに恥ずかしいトコさらしてるぜ?」
爆発の生む流れを浴びながら、俺は調子を取り戻したルーナに軽口を返す。
それはいい。ルーナに弱点があろうが、みんなが無事で問題なし。
「ただ、コイツはどうやって説明したもんかね」
俺たちが見下ろす海底には、完全に爆破されてしまった裏切り者のラボだけが残されている状態になってしまっていた。




