72:解放されたかと思いきや
「ハァ……ハァ……し、死ぬかと思ったぞ……」
這いずるようにしてハッチの外に出た私はヘルメットを取る。
バイザーというワンクッションが外れたために強まった日射しは不快だが、鼻から入る潮の香りは実に良く馴染む。
この感覚も、危うく二度と味わう事が出来なくなるところだったのだな。
このドクター・ウェイドが危うく死ぬところだったのだぞ。
我々の要塞を刺し貫いたあの一撃。万一に備えて先んじて脱出用のポッドに乗り込んでいたお陰で、私はこうして再び母なる星に戻ってくることができた。もし驕るあまりに要塞に居残っていたり、別のポッドに乗り込んでいたとしたら脱出すら出来なかったか、あるいは着水までに燃え尽きてしまっていたかもしれん。九死に一生を掴むとはまさにこの事。まあこの頭脳と慎重さが招き寄せた結果ではあるがね。
しかしそれにしても恐ろしいのはあの威力。我が方の要塞を、まるで肉団子に串を徹すように刺し貫いたあの砲撃……それを放ったイクスブリードの新形態よ。
脱出と生存をとにかく優先したがために、粗い粗い望遠の画像程度しか観測と記録は出来なかった。が、この色合いと私製の機体とのサイズ比較をするに、三機すべてをまとめたものに相違あるまい。
ブリードも加えた四機での単純な足し算ではあり得ないあの性能、まったく脱帽ものだ。いま私の作ったイクスブリードでは、たとえ十機繋いだところで単純な出力ですら及ぶまい。だがそれもあくまでも今のところ、現段階での話だ。実現してみせた以上は、見せた以上は必ず到達するものだ。そして第一にたどり着き、追い越すのはこの私だ。この私のマシンより優れたものなど存在し続けられるはずは無い。
「ギョフフ……そうなれば、情報を得られた上、辛くもとはいえ生き延びたこの結果はまさに僥倖と言う他無い。なにせ、あの連中ももういないのだからな」
深海にある拠点に帰り、この乗り越えがいのあるテーマに対する研究三昧を思えば、自然と笑みが溢れ出るというもの。
もう割り込みに急ぎの仕事をねじいれてくる居候どもめらはいないのだからな。
「あらあら……ずいぶんと楽しそうじゃあなぁい?」
「ば、バカな!? お前は……ッ!?」
だが私の輝かしい未来予想図を陰らせる声が。派手な水音を立てて海面を破り現れたのはレイダークロウ。
あの新形態に真っ先に消し飛ばされたはずの居候の一員だった。
「どうしてここにいるんだって顔してるから教えてあげるけど、別にどうって事はないわよ。アンタとおんなじ。早め早めに脱出準備を整えてたってだけよ」
どうって事は無いとの種明かし。
崩壊する要塞から、四幹部がそれぞれに私製のイクスブリードに乗っての脱出と出撃。その時このメカオネエはマシンに乗り込んだふりをして遠隔コントロール。そうして消えた事にして私の脱出ポッドに取りついて戦場から離脱してきたのだと。
おのれ、せっかく自由の身になったかと思っていたら、そんな風にくっついてきていたとは……!
「アンタ、アタシらがいなくなって悠々自適ーみたいな事言ってたけど、本気でそんなお気楽な未来図見てたワケ? アンタがアタシら側に着いてた裏切り者だってのはブリードに知られたのよ?」
痛いところを突いてくる。
確かに知られてしまった以上、私はもう世界全土の規模で指名手配を受けているだろう。研究所に踏み込まれるのも時間の問題だ。
そしてそんな状況でも安息の地になりうる衛星軌道の要塞はこの通り。私たちの手元にあるのは一人乗りのポッドしか。
どう贔屓目に、素人目に見ても詰みと言うしかない状況だ。
「ふ……ギョフフ……ではどうする? 拠点がないのはお前もまた同じ事だろう? お前さえ生きていたなら残る三名の復活はすぐにできるのだろうが……」
だが弱気は見せん。不安要素をことさら不安に見せてしまうのはただつけ入る隙を知らせてやるようなものだからな。だから私の弱みにつけ込もうとするレイダークロウ側の不安要素もつついてやる。
しかしこのメカオネエは私のこの言葉に嘲りのリズムで眼をチカチカとさせて見せる。
「あら。ご心配どうも。でもあいにくだけどアテはあるの。それにアイツらはもう復活させないわ。せっかく消えてくれたんですもの。このまま消えていてもらわなくっちゃ」
「なん……だと……ッ!?」
「あら、伝わらなかった? こうなったのは計画通りだって話よ。邪魔な同僚は始末してもらって、トップはアタシ一人……アタシ自身がデモドリフトになるのよ」
なんと。そんなまさか。ではこれまでの行動のすべてが、この状況に持っていくためのものだったというのか。自分が王座につく、そのためのッ!?
「それで、アンタはどうするのドクター? アタシとしては、まだアンタと手を取り合えるのなら助かるのだけれど。もちろん無理強いはしないわ。足掛かりができている以上、アタシの計画はアタシ自身の手で進めるつもりだもの」
ぬけぬけとよくもまあ手を差しのべてくる。無理強いするつもりは無いと言いながら、他に選択肢は無いではないか。
このまま道を違えたとて、私は独力での逃亡暮らしは確定。それどころか、生存の秘密を知る私をこの場で始末するのだろう。
野心のために同胞を嵌めて見せたレイダークロウが、それをしない理由がない。
「……わかった。私もまだそちらの力が必要な状況に変わり無し。今後もそちらに協力させてもらおう」
「良いわねえ、良いわよ。持ちつ持たれつ。これからもね」
だがただ狭められた道を選ばされるつもりはない。コイツがまだ私を利用する腹であるのなら、それに乗ずるまで。逆に私がコイツを出し抜いて王座を奪い取ってやる。
そう私が考えているのはレイダークロウも承知の上なのだろう。こちらを見下ろすカメラの輝きも嘲りはあっても油断は無い。だがその不敵な目も今のうちだ。いずれ戸惑いと恐怖に染めて、点滅で懇願のリズムを刻ませてやる。
「……して、これから身を隠すのならどこにするつもりで? まさか私と二人きりの逃避行というつもりもあるまい?」
「あらステキじゃなーい……なーんてね。もちろんアテはあるわよ。っていうか、元々あったところが、ようやく使えるようになってくれたんだけど」
そう言ってレイダークロウは、指で私に外していたヘルメットをつけ直すように。ここはおとなしく従って宇宙服をフル装備にし直すと、ヤツはカメラアイを激しく明滅させる。
そうして我々の頭上に現れたのはゲートだ。
異界に繋がるというそれを見上げていた私を、レイダークロウは脱出ポッドごとに持ち上げるやもろともに飛び込む。
声を上げる間も無く転移したその先は、また宇宙だった。
転移するなりに襲ってきた浮遊感に、私は慌ててポッドの中へ戻ってハッチを閉める。
「ヤダもうおかしい。水中適応生物みたいな見た目しといて溺れてるみたいな!」
やかましい。漂流の恐怖もあれば多少は不恰好にもなるだろうが。
ホッと息をつくなりに接触回線で送られてきた嘲笑に内心で怒鳴り返して、私は外部をモニターできるコントロールルームへ。
一度大気圏に突入した事で多少の不具合は出ているが、ノイズ交じりに出てくるものでも目の前にあるものは良く分かる。
それは巨大な鋼鉄の外壁だ。
この脱出ポッドのあった要塞に良く似ていて、破壊されたのは夢だったかと思う程だが、観測されたデータではそのサイズは段違いだ。むしろ私たちの大地よりも大きい。
「ここが……惑星デモドリフト……我が研究対象の生まれた場所……!」
私が読み解き、そして越えようとしているものの原典、聖地。改めて前にしてみればどうだ! 脳髄と胸で好奇心と野心が煮えてくるのが分かるようだ!
だがそんな感動も、次にぶつけられた言葉によって水を浴びせられたようになってしまう。
「ああそうそう。ここにアンタらが生きられる設備は無いから、自分で作っといてね」
「ハアッ!?」




