69:自分自身に籠城してってのも変な感覚
俺の放ったエネルギー弾が敵の戦闘機を撃ち抜く。
しかしそれとはまったくの別方向、下方向からも光弾が。
尻を狙ったその連射をかわした俺は、近くに浮いていたキューブブロックに着地。それの仕掛けを起動させて辺りに集まった敵機と弾丸を消し飛ばす。
すると俺の足場になっていたブロックは役目を終えたとばかりに光の粒に分解されて消えてしまう。
単純化したシミュレータのようなこの空間。気がつけばここにいた俺は、いつもの流れで次々と出てくる敵を見つけるなりに打ち落としていた。
意識が飛んだり戻ったりと忙しいが、どうやらここは俺自身の、ブリードとしての俺の頭の中、ということになるらしい。で、打ち落としてる敵は侵入を仕掛けているドクターの攻撃プログラムということになるらしい。何で仕掛人が分かるのかって言えば、強引にこじ開けられたゲートの上にドクター・ウェイドって書いてあるからなんだが。
そんなこんなで俺の頭の中を暴こうとしての攻撃に対しての防衛戦に、トレーニング用のVRをベースに展開したのがこの空間ってワケだ。まあここも俺の頭の中なんだから、空間って言っちゃうのはなんかおかしな気もするが。
しかしそうか。ここが俺の中なんなら、ホームどころじゃあないレベルでホームなんじゃないか。ついついいつものシミュレータのノリでバカ正直に相手してしまっていたな。
そうと気づけば善は急げだ。俺は俺で次々と出てきてはゲートを塞ごうとするキューブブロックに接触。引っ張られるままにアクセスポイントに接近する。
しかし、近づいてみたらずいぶんとでかいな、ドクターのこじ開けてくれたこのゲート。ヒトの頭の覗き見に、またひどく派手な大穴こしらえてくれたもんだ。そんなむかっ腹に任せて俺は掴まっていたキューブブロックを穴に向けて蹴飛ばす。ゲートに勢い良く吸い込まれていったそれはしかし、向こうから送られてきていた戦闘機型攻撃プログラムの攻撃で砕かれた――というのは見せかけで、割れた破片のそれぞれが俺とそっくりの姿に変わる。
大小様々な俺は四方八方からドクターの攻撃プログラムを破壊。そのままゲートの奥に。せっかく繋いでくれたんだから、逆に向こうをめちゃくちゃにしてやれってね。ついでに敵側の情報でももらえれば御の字って程度の欲もあるけれども。
さらに送られてくる攻撃プログラムを潰したり、あるいは乗っ取ってイクスブリード風味の姿になって仕掛けていく俺を見送りながら、俺はゲート周りに砲台やらなんやらの、待ち伏せトラップを仕込んでいく。
そうやって安全を確保した上で、俺もいざ逆撃とゲートに飛び込もうと――
「グアッ!?」
瞬間に駆け巡る苦痛。
末端からねじ込んで頭の中までをかき回すようなその痛みに俺はたまらずバランスを崩してゲート脇にぶつかってしまう。
意識の飛びそうな、いや多分秒に満たない程度には飛ばされたダメージから我に返れば、グズグズに崩れたVR空間が。
配置したトラップは粉となって散っていき、宙に浮いていたキューブは自分からねじれて。さらに俺のすぐ側ではゲートがどろどろにとろけてまるで前衛的なオブジェのよう。
とろけたゲートはそんな崩落するトラップや出てくるなりにねじれるキューブを取り込んで、そのサイズを増していく。
されるがままでいるかと、俺も二丁拳銃を浴びせるが、焼け石に水ってヤツだ。
やがて俺の抵抗に構わずに見上げるほどになった塊は、さらに大きさを増す一方で、自ずから捏ねられる粘土のように形を変えていく。
腕が出来、足が作られ、上半身と下半身の境目が表れ、最後に頭が。そうして形作られた姿は――
「俺ェッ!?」
少しばかり、いやかなり不恰好だが、俺がモデルなんだなと分かるモノだった。
だったらと二丁拳銃の発砲を警戒した俺の備えは間違いではなかっただろう。が、バカでかい俺の粘土細工は、腰が捻切れる勢いで腕を伸ばして来た。
俺はこれを空間を転がるようにしてどうにかこうにかに回避。すると粘土細工のブリードもどきは振り回した体の勢いのままに四つんばい。首やらをグリグリとねじりながらワニめいた動きで追いかけてくる。
ブリードっぽく作っておいて、こうくるとは思わないだろ?!
俺はそんな誰に向けたのか分からん言い訳を内心に、不気味過ぎる動きの追跡者から引き撃ちに逃げる。
だけれども不気味な粘土人形は、真正面からのブリードガンを浴びるに任せて、手足を鞭のように。
これに俺はスラスターを吹かして横っ飛びに。だが直後に空を切るはずの粘土塊が地面に叩きつけられたかのように弾け飛ぶ。
飛び散ったそれらはそれぞれがまた粘土人形に。悪意を感じる出来ばえのそいつらもまた形ができるなりに俺に襲いかかってくる。
破片レベルのをブレードや弾丸で迎え撃ちながら掻い潜っていれば、また本体から伸びた手足も執拗に追いかけてくる。そして潰しきれないその先端がまた虚空に小さな分身を撒き散らすんだ。
「ええい! うっとおしいッ!」
ひたすらに俺に絡みつこうと、関節も何もない動きで飛びついてくるのに吐き捨てながら、俺は弾丸を乱射して切り抜ける。
そうしてまだまともなキューブに取りつけばしめたもの。コイツから武器なりなんなりを作ってやる。
が、ダメ!
このキューブは無事なように偽装されていただけで、とっくに粘土巨人の側……俺にハッキングを仕掛けているデモドリフト連中の手の内だ!
仕込まれた異状に気づいて飛びのこうとする俺だが、その手足にはすでにとろけたキューブから飛び出た粘土紐が絡みついている。
柔らかく、そして湿った感触のそれらは腕を振り回せば簡単に引きちぎる事はできる。だが振り払うペース以上に早く絡みつき、蹴飛ばそうにも逆に引きずりこまれてしまう。そうして空振りもがいている間に、大小の粘土人形が俺を押し包もうと回り込んで来ている。
もはやこれまで。と、自爆を覚悟してマグナムショット。しかしありったけを込めた攻撃は底無し沼になった粘土人形らを吹き飛ばすこと無く吸収されてしまった。
これはもう、ダメなのか?
どうあっても振り払えないで、取り込まれるのを待つしか無いのか?
いやしかし……いや待て、いや待て。これは、逆か。逆に行くべきか。
俺は今までいつものシミュレータと同じ感覚、つまりは物理的なボディがある感覚で戦っていたが、ここはあくまでもVRの、俺の中なんだぞ。有機生命体の感覚に縛られる必要はどこにも無いぞ。
そこに気づいた俺はもがくのを止めて潜っていく。
全方位から俺というブリードの中核に侵入しようとするものを押しのけながら奥へ、奥へ。するとやがて俺の目の前にぼやりと浮かぶ明かりが。
それは一隻の潜水挺だった。キャノピー一枚の奥に魚顔の博士が収まる操縦席を置いたカプセルじみたヤツだ。
それを掴まえてしまうと、操縦席のドクターはジタバタとあわてふためいて。だがこれはあくまでも俺が見せているサイバーバトルのイメージでしかない。握り潰してしまったところで、博士本人にダメージは無いはず。いや、ここはこのカプセルサブマリンを足掛かりに、デモドリフト拠点をめちゃくちゃにしてやるべきか。
そんな欲を出して攻撃を仕掛けた俺を強烈な衝撃が襲う。
いきなり真空に投げ出されたか。そのような勢いを感じながら、俺は邪魔をしてきた何者かの正体を確かめようと目を向ける。
するとそこには四つの色が。
俺の中にあるブリードの記憶の語るところによれば、そのどれもがデモドリフト。機械惑星の暴君そのものなのだと。




