68:牢獄での目覚め
辺り一面の真っ暗闇。
身動き一つ出来ないような、ジャストフィットの棺に閉じ込められている。そんな圧迫感のある暗闇の中に俺はいた。
こうして思考する意識はあって、心臓の鼓動も感じるから生きてはいる。もっとも、この心臓はブリードが一体化して作ってくれたモノなんだが。
そんな事を思っていれば、俺の胸から光が……いや、目からもチカチカと出てるな。
そうして完全な暗闇で無くなったのと合わせて、閉じ込めるような圧迫感もどこへやら。灯った光で体を見回して見れば案の定、俺の手は金属のブロックを繋いだような硬いモノ、ブリードの手になっている。しかし一度視線を外して見直せば、タコで節々の固くなった生身の掌に。
この変化にギョッとなって左右を交互に見たり、目を閉じて開けたりと試してみたら、俺の体はロボのだったり、生身のだったりと安定しない。
まあ、どちらの姿も俺であることには変わり無いのか?
割り切り、というよりは思考停止か。とにかく奇妙な現象は脇に置いておく事にする。
もっと気になるのはここがどこかって事だ。
惑星デモドリフトに乗り込む前に投げ出された宇宙……ってトコにも似てる気がする。が、なにかが違う。むしろ海の底の方が近いか。
そうして胸と目からの光で辺りを照らして見てみれば、フッと人影に灯りがぶつかる。流してしまいかけた光を戻して見てみたら、その正体は俺だった。
向こうもまたサイズを変えずにロボと生身の姿を行き来させていて、まるで鏡に写したよう。だが向こうの俺はこちらと違って、微動だにせずに俺をじっと見返してくるだけだった。
「お前はアレか。ブリードってことか?」
取り合えずダメ元で。そう思って声をかけてみたら、向こうは首を横に振ってノーと。
「……もはや私たちの中でその区別は無意味だ。私たちは二つの体と一つの心を持つモノであるがゆえに」
いや意味が分からん。
俺とブリードの心が同じだとか言ってる? そんな事あるわけがないだろうに。
俺はただ、怖いから戦ってるだけだ。流されてだけども迎え入れてくれたユーレカの皆――中でも特にクリスエスポワール、ファル、ルーナ――このチームイクスブリードの三人が傷つくのが、失われてしまうのが怖い。それが嫌だから戦ってるだけなんだ。親分の侵略行為が間違ってるって、縁もゆかりも無い大多数のために立ち上がれる、そんな勇者とはまるで違う。リードってヤツはそんな立派な心の持ち主じゃあない。
そんな俺の考えに、向こうの俺はまた静かに頭を振って否定する。
「大切なモノのために、恐怖に打ち克ち立ち向かえる。その心に貴賤は無い。大きいも、小さいも、広いも狭いもだ」
そんな事を言われてもな。ましてや俺と同じ顔のヤツに。自信を持て持て言われるあんまりに出てきた勘違い部分か?
そんな俺の内心を見透かしたかのように、俺と同じ姿をしたヤツは呆れ半分に頭を振ってみせる。
アイツが言うには向こうも俺そのものって事らしいし、そりゃあ俺の考えなんかお見通しか。いや待てよ。それなら俺だって向こうの考えが聞くまでも無く分かるはずか?
そんな疑問に答えるように、俺の頭にはヤツの側の考えが浮かんでくる。そう、浮かんでくるんだ。強引に焼けつかせるような痛みがくるようなものじゃなく、忘れていたのを思い出せたかのように。向こうのがもう一人の俺として分かる現れた理由ももちろんいっしょに。
しかしそんなまさか……これまでに入れ替わりをやってもらった事もあったのに、最初から? ただ馴染むまでの融け残りのようなモノで?
今までの意識をひっくり返される感覚に、俺の頭には鈍い痛みが。それはやがて鋭く激しくなっていって――程なくバチンと弾ける。
「ガッ……こ、ここは?」
一際強い痛みを伴って開けた視界に広がっていたのは、見たこともない部屋であった。
総金属製の壁……それ自体はともかく、エキドナの艦内でも基地内部でも見覚えの無い形だ。
どこなのかと視線を巡らせてみれば、下には闇に浮かぶ青いモノが。
しかし宙ぶらりんにされているワケではない。透明な床板……いやモニターか? とにかくそんな足場を挟んだ外の景色が見えているようだ。
青が大半を占めたこれの中には見覚えがある形がある。これは立体地図か、いや俺たちが暮らす土地をはるか高くから俯瞰している形になっているのか。つまりここはとんでもない高度だって事になる。
「このキレイなものが俺たちの生きている星か……」
だがのんびりと眺めて楽しんでもいられない。なぜならばその美しい星を映す足場を踏む俺の足には枷がはめられていたからだ。
フルメタルのブリード足。その足首と幅広い脛にはエネルギーチェーンと繋がった枷が。持ち上げられた両腕も同じように拘束されてしまっている。
そうだ。意識を失う前に、俺はデモドリフト連中にしてやられていたんだったな。
「ヤツらに捕まえられたってことか」
「ご名答ー。まあ目が覚めればそれくらいは分かるわよねー」
そんなしなを作った男声といっしょに浴びせられた光に、俺は反射的に全光学センサーを絞りつつ、顔を背ける。
そうして目が眩むのを避けた上で俺は声と光を向けてきた方向を見る。
「お前か、レイダークロウ……」
「あらまあご挨拶だわねブリード。もしかしてスクリーマーかクラッシュゲイトを期待してた? 捕まえたアンタを嬉々として見下ろしに来るだろって? まぁ来てるんだけれども」
「はぁーッ!? オレ様そんなちっちゃい事考えてませんーッ!? 勝手な憶測と言いがかりは止めやがれってぇのーッ!!」
くすぐるような声を背後に向けたレイダークロウの後から、ライトを担いだクラッシュゲイトが身を乗り出してくる。なるほど、あの重機マンが担ぐサイズ、そりゃあ無駄に光も強いワケだ。拷問用のつもりかな?
「まあまあそんなワケで、だいぶ……いやかーなーりやかましいけども、ガマンして頂戴ねー」
「あぁーんッ!? だぁーれがやかましくしてるってんだよ? お前だって普段からピーチクパーチク口動かしてるクセによぉーッ!?」
ずいずいとこちらに近づきながらの口げんか。そのやかましさに俺はたまらずしかめっ面にさせられる。
そんな俺にレイダークロウもクラッシュゲイトも目をリズミカルに瞬かせてみせる。
「ハッハッハッ! しっかしざまぁ無いなブリードさんよぉ? どうだい単純だと見下してたオレにしてやられて取っ捕まった気分はよぉー!?」
「……正直悔しいね。スクリーマーの作戦勝ちだろうに、いい気になれる単純バカを有頂天にしちゃってさ」
「なんだとこの野郎がッ!?」
苛立ち任せに叩き込まれた蹴りが、拘束具と反応して俺の機体に電撃を。それは接触点を伝わってクラッシュゲイトにもほとばしる。
実にマヌケなことに分厚い機体を痙攣させ、大の字にひっくり返った同僚に、レイダークロウと俺は思わず顔を見合わせてしまっていた。
「なんか……アンタらも大変なんだな」
「まぁ……そっちに同情されるのもアレだけど、どうもね」
妙に通じあってしまった俺たちだが、それはそれだ。
「で、俺を捕まえてどうするつもりなんだ? 人質にでもするのか?」
「それも手ではあるわね。でも、別に説明してあげる義理は無いわよね」
すっかり敵の幹部としての姿勢に戻ったレイダークロウは、また後ろに続いていたある人物を手に乗せて俺の目の前に。
「さ、仕事よドクター・ウェイド」
「ギョフフ……承知した」
それは超文明の権威と知られている魚顔の博士だった。




