63:煙に巻かれて
衛星軌道。
そこからの大出力攻撃でドラードが地表から失われて一週間。それからは何も無い。
いや、本当に何事も無い平和だってわけじゃあない。小競り合いくらいの戦いはあった。遺跡を荒らしてるデモドリフトのトルーパーを追いかけたり、ゲートを潜り抜けて襲いかかってきたヤツらを叩きのめしたり。そういうのは各地でいくつも、何度もあった。
何も無いっていうのは、都市が吹き飛ばされるような……復興の最中だったドラードを消し飛ばしたあのエネルギー砲や、それに近い攻撃が地上には撃たれなかったって意味で。
「意味がわからない。あれが出来るならもっと撃つか、それこそあのすぐ後にでも私たちの上に撃ってくるのが自然じゃ無いか? あちらにとっても一番目障りになってる、まず潰して起きたいのが私たちじゃない?」
言葉にしても抜けきらない混乱をごまかすように褐色の羽根を整えているのはファルだ。
俺と彼女はついさっき一仕事を終えて、帰路につく前に一息入れているところだ。
イクスブリード・スカイになっていたのはスカイイクスとブリードに分けて、俺も分離して降りてきたファル共々に肌で直に風を感じてる状態だ。
なにぶん、エキドナが追加ユニットの製造に加えて細かい改修とかもやっていて動けないもんだから、管轄エリアの端から端へってなったりすると、だいたい俺たちにお鉢が回ってくるようになってるんだよな。適材適所ってヤツだけども。
それはそれとしてファルの疑問はもっともなんだよな。
「俺たち相手にちょっかいかけるとか、いまさらやることじゃないよな?」
「まったくだ。撃たれていないのは助かっているけれども、手っ取り早くやれる事をやってこないっていうのは不気味で仕方がないよ」
角を取るのがセオリーのゲームで角ポジをスルーする、みたいな不自然さだよな。
読めない意図に混乱するファルにうなずきながら、俺は屋根をやってくれてるスカイイクスの底面を見上げる。
「……こういう不気味さには覚えがあるな」
「うん? どこで?」
「いやほら、ヤツらの本拠地。惑星デモドリフトでさ、ほとんどなにやっても警備が出てくる事もトラップも動かなかったって」
こうなってくるとヤツらの趣味なのかも知れないと思えてくるな。妙なところに肩透かしを置いておくのって。
でもそんな事はないはずだ。そんな理由だけで本拠地を空き家にしたり、必殺の攻撃でトドメを刺さなかったりはしない……そのはずだ。
「やりたくても出来ない。それよりももっと優先しなくちゃならないことがある……のか?」
「それはそうなるのだろう……けれど、いったいなにが攻撃をさせない理由に?」
「それは……はっきりとは分からないな。推測に推測を重ねるだけになる」
ブリードの知識をさらっても、確定した理由が出てくるワケもないしな。敵側の情報だって知れてない事は知りようがない。大助かりな知識の宝庫だけれども、万能完全なライブラリじゃあ無いからな。
「まだ探し物がある……それを見つけられていないから地上を焼き払えない……というのはどうかな? 遺跡の大半はヤツらの、デモドリフト側のなんだったはず」
「クラッシュゲイトが言ってたっけ。それはあるかも知れないな」
ファルの推測は当たっているんじゃないだろうか。少なくとも理由の一つにはなる気がする。
ブリードの思い出を振り返るだけでも、古代のは激しい戦いだったみたいだし、奴らが取り戻したいのがまだどこかに埋まっているっていうのは自然な話だ。
「ならヤツらに探し物をさせないっていうのが、まず俺たちのやるべき事になるよな」
「そうすれば少なくとも、一方的ににらみ合いが終わりって事にはならなさそうだ」
「あーら。もうそこまでたどり着いちゃったのねー」
唐突に割り込んできた声に、俺はすぐさまにブリードとの融合からのチェンジ。声のした方と愛機へ乗り込むファルとの間に割り込む。
すると俺の正面には、こちらへしなりしなりと歩いてくるレイダークロウの姿が。
「だーからあんまりド派手にぶちかますのは早すぎるって言ったのに、クラッシュゲイトが聞かないからもう!」
「……いつの間に!? ゲートの反応も、オペレートも無かったぞ!」
「そりゃあ秘密だわよ。でも、アンタらが見落とすレベルのステルス技術はもう見せたでしょ?」
銃を向けた俺に、レイダークロウは足を止めて眼を瞬かせてくる。そのくすぐるようなリズムは勘に障る……が、迂闊に誘いに乗るワケにはいかない。逆に向こうから隙を晒すように仕向けないとだよな。
「それにしても、すっかり元通りじゃないか。ウソだハッタリだって決めつけてたワケじゃないけどもだ……本当に復活出来るんだな」
「ああどうも、ご覧のとおりよ。おかげさまで貴重な体験ができたわ。スクリーマーとレッドプールの分もお礼を言わせてもらうわね」
「へえ? なら全員平等に潰れる実感を体感させてあげた方が良いのかな? それとも、ありふれた体験にした方が?」
「結構よ。なかなか言ってくれるようになったじゃない。それも元のブリードからの入れ知恵かしら?」
「さぁてね。それにしても俺たちが気づかないうちに仕留めておけば良かったものを……」
分からない事と言えばそこもだ。わざわざ声をかけて雑談を始めるような間柄じゃあ無いだろうに。むしろ意識の外から狙撃を仕掛け合う方が自然ってものだ。
「……まさか、俺たちがいる方が都合が良いなんて言わないよな?」
「あら、なかなかに敏いわね。でも、アタシ以外はそう思ってはいないと思うけれど?」
あんまりにもあんまりな、あっさりとしたまさかの肯定に、俺は思わずブリードガンの狙いを逸らしそうになってしまった。
だがそんな手を食ってたまるか!
「驚かされたが、油断を誘うつもりならもっと自然な話にするべきだったんじゃあないか? 隙を作らせる魂胆が見え見えだぞ?」
「あら残念。でもまあ、これを見切れるのならそれはそれで都合がいいもの。かまわないわ」
くっそ。のらりくらりと思わせ振りな事をばかり。いっそ捕らえて吐かせてしまった方が良いのか?
いやしかし、それでウソの情報を流されたりしたらとんでもない事になる。何せコイツら、普通に倒しても復活されてしまうんだから。捕まえさせる事そのものが罠だっておかしくない。
ああもう……ドツボじゃないか! 生身姿だったらもう手汗がベトベトだぞ。なんか全身金属な今でもオイルだか何だかが滲み出してるような気さえしてくる。
そうして完全に惑わされた俺を、ファルからの仕掛けようという秘密通信が正気に戻してくれる。
情報を引き出せるだけ引き出して、その真偽は後にでも調べてしまえばいい。
今は叩きのめして捕まえてしまえ!
腹を決めた俺は拳銃を連射しつつジャンプ。スカイイクスと機体を重ねて空戦のイクスブリードに。
その変形が終わるかどうかという間にファルは羽ばたきと踏み込み、土煙へ向けて蹴りを繰り出す。
けん制射撃が起こした煙幕を貫いた爪にはしかし、手応えが無い。
「あーらら。お話に来ただけだって言うのに乱暴なんだからー」
「上かッ!?」
嘲り煽り立てるような声に弾かれてファルは急上昇。鋭角な飛行機に変わったレイダークロウへ突っ込む。だが機銃と機首とで貫いたそれは煙幕をばらまいて弾け飛んだ。
「ま、アンタらが頑張ってくれた方が助かることもあるってことよ。アデュー」
視覚にもレーダーにもエラーを起こす煙に巻かれた俺たちは、そんな一方的なメッセージを置き土産に押しつけられてしまうのであった。




