62:破滅を降らすもの
「……デモドリフトの要塞は現在衛星軌道上で安定しております」
ユーレカ基地のブリーフィングルーム。
ホウライ跡の確保を後詰めの制圧隊に任せて帰還した俺たちが聞かされたのは、浮上した敵拠点の現在地だった。
解説するアザレアの操作に従って情報を表示する大モニターに大きな円を中心に小さな円が回っている図が出される。
「ってぇ事はつまりアレか? アタシらが取り逃がしたデカボールは今空の彼方、宇宙にあるってぇ事かい?」
「……その通りです。我々は頭を押さえられた形になりますね」
俺と共にデモドリフトの拠点探索を体験したルーナ。彼女の天井を指さしての確認に、アザレアはうなずき返してその脅威を語る。
そうなんだ。
衛星軌道上にまで昇った奴らの要塞。そこから地上にまで落ちてくる――こられるモノ。それが人口密集地に落着するだけでも被害は甚大なものになる。ましてやそれがヤツらの命令を受けた機械兵士であればなおさらだ。
その脅威に思い至ったのか、集まった面々からはどよめきが起こる。
「しかも余計に頭が痛いのは、叩き落とそうにもあの距離を叩ける武器が我々には限られているということか」
「しかも下手な落とし方をしたら地上にドでかい被害も出しかねないってね」
理論上はあの高さにまで届く大型のミサイルの生産は門武守機甲にも可能だ。
だがあのバリアを破れる保証はなし、大人しく受け止めてくれる保障もなしときた。
「今取れる手段としては、エキドナ単独で上がれる限界高度から、イクスブリード・ランドのランスカノンを発射する方法くらいか」
モニター側に座るライエ副長官が語った計画図がアザレアの操作で表示される。
俺たちの大地から浮かび上がったエキドナ。その甲板から、母艦及び残るイクスビークル二機という外部からのエネルギー補助を受けた俺たちによる、まさに持てる力の全力全開を賭した一撃で狙撃するという作戦だ。
なるほど確かに。浮上したてのあの要塞をイクスブリード・ランドの砲撃は揺らしていた。
通じる可能性のある攻撃をぶつけるというならまだ可能性は高く見える。
「……アンスロタロス班としてはあまり推奨できません。衛星軌道上で安定した要塞を撃ち抜ける確証は出せません」
「確かに。向こうの本気の迎撃能力も未知数か……」
作戦プランへのダメ出しも、ライエ副長官はまるでそう来るだろうと思っていたとばかりにあっさりとうなずく。
「やはりここはエキドナで同じ土俵にまで上がって戦う、それしか無いのかねぇ?」
レグルス長官のひと言に応じるように映し出された作戦はこうだ。
我々の最大戦力であるエキドナと、そのコピー艦艇に大気圏離脱用のユニットを装着。衛星軌道上まで上がって殴り込みをかけるというモノだ。
「へえ、良いですねぇ! ヤツらが安全圏だと思ってるとこまで乗り込んで襲いかかる。アタシはこっちのが好みですよ」
「こちらはこちらで問題点もあるのだが……まあ狙撃よりは確実か」
「乗り込むにも、ヤツらのゲートを逆に利用しても、かく乱用の中継地点で立ち往生させられる可能性もあるわけですしね」
「リードとルーナのおかげでソコのところを知れたからありがたい」
そうなんだよな。衛星要塞が上がって以降にもヤツらの尖兵の部隊がいくつか地上から引き上げて行ったんだが、俺たちの持ち帰った情報が無かったらそれに飛び込んでデモドリフト星近くで宇宙遊泳させられるのが出てたんだろうな。
俺たち自身がエキドナもろともにそんなことになるのも防げたあたり、あの突発の偵察作戦もやった甲斐があった気になる。
まあエキドナごとに乗り込めたならもっと楽になった、そうでなくても心強かっただろうに、とは思いもするのだけれども。
「それで、問題になる大気圏離脱ユニットの生産は?」
「……まだ作っておいた試作品が一隻分あるだけです。実機の実践実績はありませんが、記録されていた設計図に基づいて仕上げたモノですし、装着前の機能テストでは問題ありません」
「それが問題ではあるのだがな……」
ライエ副長官の頭痛を引き起こしてるのがこのポイントだ。
遺物であるデモドリフトとそのレジスタンスの技術。これ由来の設計データから作っているのはいい。
だが実機では装備しての試運転もまだな段階でしかない。さらに技術試験的に生産していた一隻分だけしか無いから、まず何よりも数が全く足りていないのだ。
いくら俺たちユーレカの、エキドナとチーム・イクスブリードが千隻相当の戦力だとしても、一隻だけで出来ることはたかが知れている。デモドリフトの大規模基地を攻めるのなら艦隊を組んで戦うのでなければ。
「つまり現段階で我々に出来ることは、大気圏離脱ユニットの増産と機能確認及び改善。そして無重力環境でのシミュレーションか」
「しかし長官、その時間が我々にあるのでしょうか? 明日……いえ数分と待たずにヤツらが行動を起こす可能性もあります」
「それはそうだろうね。だから支度を整えるまで時間を稼ぎもしないと。準備万端といかなくとも、勝算が出せるようになるまでは体勢を作らなきゃただの体当たりだからな」
「ええ……仰る通り、ですね。申し訳ありません焦りすぎていたようで……」
「いやー無理もないさぁ。あーんな何やってくるか見当もつかないのが空高くから見下ろして来てるんだものなぁ」
焦りを諌められて素直に認めた副長官が下がるのに合わせてか、腰を浮かしかけていた面々も声を上げること無く元の姿勢に。
まあ副長官が認めたなら認めざるをえないよな。
これまでもそうだったけれど、こうやってポイントポイントでコントロール出来ちゃうあたり、やっぱ長官こそが長官なんだよな。普段どんだけ副長官に丸投げしてたとしてもだ。
そうやってとにもかくにも着実な準備をとユーレカ基地がまとまりかけたところで、耳をかき回すようなアラートが。
「ッ! 何事だッ!?」
「ドラード市の仮設基地より大型ミサイルが発射! 数は十基ッ!!」
警報の元凶を訪ねるライエ副長官の声に応じて、ブリーフィングルームのモニターにも打ち上げられるミサイルの映像が。火の柱に持ち上げられていくその脇には、随伴する形で上昇する見慣れないスカイビークルの姿が。あんな加速の出来る新型、いつの間に? 独自で開発したってのか? 拠点を間借りしてたあの状況で!?
そんな事を考えている間に、ミサイルと護衛機はさらに高度を増して――
「まさか、乗っ取られてッ!?」
「……いや、違う。この軌道は……」
俺たちユーレカを狙ったものかと構えたクリスを否定するように、予測されたミサイルの軌道とターゲットが別ウインドウで表示される。
それはこの星のはるか上空。そこに浮かぶデモドリフトの球形要塞だ。
「バカな! いくら大型のだからって、たった十発のミサイルであれが破壊できる保証は……ッ!」
連携どころか話し合いも何もない独断専行。止めようにもすでに放たれてしまった矢はしかし、不意に天から注いだ光に飲み込まれて消えてしまう。
「何がッ!?」
望遠のウインドウから光が溢れ、やがてモニターを焼きつかせるほどの輝きが収まった後には何も無かった。
そう。何もないのだ。ミサイルとその護衛機も。それらを送り出したドラードの仮設基地も。何もない更地だけが望遠のモニターに映し出されていた。
「……なぁんてこったい」
不用意な攻撃が生んだこの惨劇。
あまりにも惨たらしい結果に、俺たちはそんな現実逃避のひと言しか出せず、被害確認のための偵察隊と救助隊を送り出すのに数秒の時間を要したのであった。




