58:今度こそ取り返そう
「さぁて、今度こそ吠え面かかせてやろうじゃないかね!」
通信ウインドウの中のルーナがギザ歯と戦意を剥き出しにして笑っている。
「ルーナ、ちょっとはしゃぎすぎじゃない? ホウライ攻略はリベンジにもなってるから分からないでもないけど……」
そんなルーナを窘めるのはイクスブリード・スカイのコックピットにいるファルだ。
一度奪われた三都市の最後の一つ、ホウライ奪還。その先鋒役としてエキドナの甲板で出番を待つ俺の中で、彼女は翼を解している。
そんな追い柔軟中の彼女の言葉に、もう一つ開いたウインドウに映るクリスが苦笑まじりに首を横に振る。
「仕方がないさ。リードくん復活で再開した大作戦でもある。戦意も大いに高まると言うものだ」
「お、分かってるねぇクリス! さっすがこないだの復活合体第一号として無双しただけの事はある!!」
「な!? ルーナッ!?」
確かにあの暴れぶりは凄かった。
それまで散々に姿を隠したステルス機に味方共々になぶられていたのもあったんだろうが、その鬱憤は踏み締める蹄やら、槍を振り抜く腕やら、俺の機体に出る勢いからもひしひしと感じたもんだ。敵の攻撃を受けた時なんか「そんなものではびくともしないぞ!」なんて叫んで反撃してたし。
そんな暴れっぷりで、ものの見事に敵は瞬殺。空でエキドナを囲んでたのを狙撃までしたからな。もう全部クリスのイクスブリード・ランドだけで良かったんじゃないかなって勢いで。
「り、リードくんまで……! あ、あの時は今までになく手応えが良くて、ついテンションが……マシンが異様に軽く感じたというか……人機一体を通り越してまるでイクスブリードの側からパワーが流れ込んできているかのような感覚だったんだ! それで……つい調子が……」
「クリスが言うこと、分かる気がする。まだ戦いに入ってもないどころか、飛び立つ前なのに漲ってる感じ……良く飛べそう、とでも言うのか」
「そう! そうなんだ! 分かってくれるかファル!」
ウインドウが大きくなって、それでもなお顔で枠いっぱいになるくらいの前のめり。そんなクリスにファルはちょっと引きながらもうなずき返す。
どうもそのようだ。間が空いての融合が成功した俺自身も調子の良さを感じたけれども、それはブリードだけの事では無かった。先日のランドも、いま合体しているスカイも、中に入れたブリードのコンディションに引っ張られるようにその出力を上げているんだ。
パワーアップしてのイクスブリード戦線復帰を受けて、今回の三都市目の奪還作戦が動き出したワケなのだ。
「肌感覚でパワーが上がっているのが分かって、それに引っ張られて気分も高揚していってしまう……そうなんだよファル!」
「いや、私はまだそんな……戦闘に入ったらどうなるかは分からないけれど、まだそこまでは……」
「……急に芝生を剥がされた……」
ファルとの調子が合わなかった事でうなだれるクリス。そんな尾花栗毛のケンタウロス娘に、ハヤブサハーピーはかける言葉もなくオロオロと。
「そんなに違うと聞いちゃあ楽しみになっちまうじゃないか。どうだいファル、今からでもアタシと交代しない?」
「いやいや、まずは私のイクスブリード・スカイで切り込む作戦だから。いきなり変更とかライエ副長官に叱られる……」
「それに空を制して、それから海側の戦力にルーナが対応する手はずじゃあないか。ここで出番を無理に入れ換えなくてもイクスブリード・シーの出番はくるじゃあないか。今回は出番無しになりそうな私のと違って」
そうなのだ。臨海都市であるホウライ奪還に、ランドイクスら陸戦隊は砲撃支援と狭い陸路の確保を担当する事になってる。だから今回はほぼ裏方というか、サポートのポジションだ。
そんな自分に対して、出番が回ってくるはずなのだから待てばいい。そう言うクリスだが、通信ウインドウ内のルーナは唇を尖らせている。
「だってクリスは……ってかランドはなんだかんだで出番多いじゃないかよ。迷った時はこれって感じでご指名されるしよぉー。リード加入の時も復帰の時も第一号合体はお前だったじゃないかよ」
「そ、それを言われてしまうと、弱いなぁ……」
これからまた大きな戦いになる。だと言うのに砕けたやり取りの三人娘。いや、このタイミングでもリラックスしていられるのが彼女らの強さ、なんだろうな。
「お前は何を言ってるんだ?」
なんて思っていたら、声をかけてきたルーナを始め、三人が三人とも俺にじとりとした眼を向けてきていた。
何言ってるって、音声には出してない……いや、出てたわメッセージログに思いっきり文章で俺の思考流れてたわ。
「アンタが、リードが戻って来たからこその安心感じゃないかね」
「そうだね。合体という形で、共に戦う仲間がいる。だからこそだ」
「それを私たちのメンタルが揃って強いからだなんて、少しばかり過大評価が過ぎるぞリードくん。私たちだって君が戻って来るまでを守り切れるかは不安だったんだからな?」
そんなまさか。
とは思ったが、三人娘の顔を見る限り本心からのようだ。
いや、だがそうか。それはそうだ。
いくら熟練した戦士だろうと不安や恐怖に駆られない者はいない。いたとしたらそれは完全に心を病んでいる場合だ。
彼女らは恐れや不安に苦しめられたその上で、乗り越えて戦いに挑んでいただけなのだ。
言われるまでそんな当たり前の事が抜けていた辺り、俺も大概とんでもない色眼鏡で彼女らの事を見てしまっていたようだ。
「ああ、すまなかった。それとありがとう。苦労をかけた分は俺の出来る限りで報いるよ」
「よせやい水くさい。こういう時は持ちつ持たれつだろ?」
「そうね。同じチーム・イクスブリードの仲間なのだから」
「そうとも。報いようだなんて気負って捨て身をされるのは真っ平だからな」
「お、捨て身のカウンターをやるのをその場で見せつけられたのは言うことが違うね」
「やっぱり合体の機会も多いだけはある」
「うう……またそれを言う……」
俺としても身を切っての戦いについて突っ込まれるのはキツイから、なんとかお手柔らかに……ならないよなあ。俺のこのやらかしは延々と言われる気がする。
「あったりまえだろ? お互い生きてる限りちょくちょく突っ込んでやるから覚悟しなって」
「それは参ったなぁ……」
勘弁してくれってこの気持ちは本心だ。が、逆を言えば言われてる内はお互いに生きてて繋がりがあるってことだ。それはそれで悪くない。むしろ良いことのようだと思える気持ちもある。
これを言葉にしてしまうと、ドMかよって引かれていじられてしまうんだろうが。
そこで緩んだ思考を締め上げるような警報が。
「各機へ! 先行偵察の空戦機より敵機確認の報告あり! 作戦を開始して下さい!」
「おいでなすったか!」
「予測より遅いな? またステルス機でも混ぜて来ているのか?」
「それは否定出来ないな。先行する私も狙撃には気をつけよう」
アスラさんのオペレートを受けるや、気安いのから一呼吸のうちに戦闘モードに切り換わった三人娘に合わせて、俺もまた機体を巡るエネルギーを高める。
エキドナの事は二人と直掩のチームに任せる。俺とファルは先んじて行く手を切り開く!
そんな風に考えているうちに、俺自身は正面から吹き付ける風を直に浴びるポジションへ。
「プラン通りに、武運を!」
このひと言を合図に、ハーピー型の俺はカタパルトを疾走。その勢いのままに大空へ、戦場へと打ち出されるのであった。




