57:甦る力
「トレーニングがウォーミングアップになったこのタイミング。あんまりもたついてると、またアタシらで全部片付けちまうからな」
「気負わなくて良いと言ってる……のだと思う。リードの方は冷却期間を置いてたんだし」
「いずれにせよ、リードくん復活までは必ず私たちが持たせる! 信じてくれ!」
ステルス機による奇襲。そこからすわ出撃と愛機に跳んだ三人娘たち。そんな彼女らの言葉を頭にリピートさせながら、俺も走る。
格納庫をすれ違う皆が驚きに開いた目で振り返るのを感じながら、向かうのはもちろんあの一角。ブリードのところだ。
固い床を蹴る俺の足音を聞きつけて、アンスロタロスチーム、そのリーダーであるアザレアが振り返る。
「……マスター……ッ!? もう戦闘は始まっていて……」
「分かってるさアザレア。だから俺が……俺だってここに来た」
ギリギリまで、いや今もブリードに不具合が起きてないかチェックしていたのだろう。トリコロールの車を取り囲んでメンテナンス作業をしてくれているアザレアたちの間を縫うようにして俺はブリードの側に。
「……しかし、まだ一体化不能の原因は見つかっていません!」
「……ボディの側ならば私たちで守れますし、修理も出来ます。しかしマスター自身に万一があれば……」
彼女たちも責任を感じてるんだろう。
遺物分野の権威とはいえ、ユーレカの外の博士がいじるのを監視していたのに、終わってみれば出撃不能な不具合の発生だ。俺だったら逃げ出しちゃうね。だってのに彼女らときたらさ。合体出来てない俺を責めるでもなく、避難してろって言ってくれる。
なるほどな。ここだって装甲があるったって被弾するなり取りつかれるなりしたら大惨事だ。俺が意地張って出来る確信もない合体を試すよりは、次の出撃までに期待した方が確実だろうさ。
だが俺はブリードに触れる。
俺にだってって意地や、ちょっとも試しもしないで退いてくれと言われた事に対する反発はある。だがそれ以上に、そんな小さな俺を信じて背中を押してくれた三人の仲間。彼女(クリス、ファル、ルーナ)たちに応えたい、応えなくちゃって気持ちが俺を行動させた。
……が、ダメ! 俺とブリードの間には何も起こらない。
「……マスター、やはり原因の判明していない内は……」
「まだ待ってくれ、頼む!」
アザレアたちはこう言うが、原因は多分……いやほぼ確実にマシントラブルじゃない。俺のメンタル、逃げ腰根性のせいだ。
俺か、俺の弱腰を取り込んだブリードのメンタルか、それが俺自身を今まで以上に信じられなくなってる。それが拒否反応を起こしている。そのはずなんだ。
正直な話、俺は俺を信じるなんて、根拠の無いことは出来やしない。
「だけど俺にだってなぁッ! 信じられる仲間が信じてくれてるっていうならッ!!」
初めてだったんだ。
こんな俺が、いつかは役目を果たせるって信じてくれる人に会えたのは!
身内からも成長が無いと見放されていた、こんな俺を!
そんな仲間が救えるなら、それが出来る力が出せるのなら、俺が何かなんて小さい事はどうだって良いんだ!
「だから、ガクブルって縮こまってばかりいるんじゃねぇッ!!」
俺自身のケツを蹴飛ばす勢いで叫べば、温まった金属に触れた感覚が消える。光に塗り潰された視界が再び開けたのなら、そこには誰かしらの脚が。
作業着ズボンごしにも分かる、スラリとしたこれは多分アザレアチームの誰かしらのものか。
この視野には覚えがある。別の視野も開く様に意識して見たらば、俺を取り囲むアンスロタロスの美人さん達が見えた。
「……マスター!? マスター・ブリードッ!? 完全に回復されたのですねッ!?」
「ああ。アザレアも、皆も、心配かけたな」
乏しい表情を震わせたアザレアらが察したとおり、俺は今ブリードとの一体化を果たしている。
しかし復旧したはしたが、不思議な事に機体から感じるパワーは以前よりも上がっているような?
なんと言うかコリや筋肉が解れたというのか。機体が軽く、グルグルと巡るエネルギーで暖まっているというか。
「リード、ブリードとの融合起動に成功と報告が上がっていますが?」
「ああ、はい。ブリードいつでもバトルモードで行けます!」
「では降下を! 空からの援護も行っていますが、敵ステルス機に陸戦隊がかく乱されています!」
そうだ。アスラさんとの通信で思い出したが、融合成功に浸ってる場合じゃない。クリスたちは今まさにドンパチの真っ最中。さっさとイクスブリードの戦線復帰といかなくちゃだろ!
送られて来たレーダー観測によるマップデータと味方の配置。
これなら俺は甲板から敵を撃ちつつダイブした方が良さそうだ。
そのプランでブリッジから了解を得られたので、俺は空戦機用のゲートへ……というところで俺の機体に触れる手が。
「……マスター・ブリード。避難すべきだなどと出過ぎた事を申しました。お許しを」
「許すもなにも、俺の安全とこの先を考えての慎重策だろ? 謝らなきゃなのは俺の方だろ?」
結果オーライにしたって、無理を通したのは俺の側なんだから、そんなアザレアに申し訳なさそうにされるのも……その、なんだ……困るな。
そう思って気に病まないでくれと返した軽口に、彼女はチームの仲間と揃って深々と頭を下げてくる。うーん、違う。そうじゃない。
でもまあこれで止めてくれって言ったって、アザレアチームの皆は恐縮する一方だよな。俺だってそうなるし。
「今回はまぐれ当たりに上手く行っただけなんだから、俺がまた無茶やらかしそうになったら慎重策上げて助けてくれな」
だからまた軽口まじりにブレーキ役をお願いして、俺は二足のバトルモードへ変形。甲板に駆け出す。
上がりかけのシャッターをヘッドスライディングに飛び出した俺は、両手に握っていたブリードガンを連射。
レーダーで見えていた飛行トルーパーの動きを鈍らせ、エキドナのレーザー機銃に止めを刺させる。
前回りに甲板を踏んだ俺は、流れのままにダッシュ。吹き付けてくる風を押し返しつつ、二丁拳銃スタイルで見える範囲を飛び回る敵機を花火に変えていく。
今まではとても実戦では出来なかった二丁拳銃が、今日はまるで機体に染み付いた動きを完全に思い出したみたいに滑らかに操れる。空カートリッジの交換だって、走りながらたでももたつかない。
そんな事に感動しながらも、俺は甲板の右舷端を踏み切りジャンプ。敵機へ至近弾を叩き込みながら地上へ向かう。
雲を顔から突き破った俺は、追いかけて来た敵機へ向けて発砲。誘導弾との激突が起こした爆風とスラスターの後押しを受けて地表へ加速する。
だが俺の復活を認めたリーダー機に命じられてか、爆発の幕を貫いた追手が逃がすまいと。が、それらは俺とすれ違った赤い翼に切り裂かれて花火に変わる。
「ありがとうファルッ!!」
「かまわない! それより地上を!」
感謝と返事を短く交わした俺たちはそれぞれの戦いへ。
しかし俺の目指すポイント。見えない敵の狙撃を受けるランドイクスは真下からいくらかずれてしまっている。
そこへの方向修正にスラスターを噴かす俺だが、ふと何か引っ掛かるものが。見れば俺の腰にアンカーとその根本である青い流線型の巨体が。
「お急ぎの様じゃないか。手を貸す、ぜ!」
言い切るが早いか、シーイクスのルーナは俺を大きく振り回して投げ飛ばす。この方向修正と加速を受けた俺はギリギリまで減速せずに地上へ。そうして着地のために突き出した脚に何かしら硬いものがぶつかる。
グシャリとひしゃげながら姿を現したそれは長い砲身を携えたトルーパー。コイツが待ち伏せを仕掛けてきたステルス機か。
期せずして踏み潰した敵機に止めを刺して、俺は爆発を後押しに宙返りして巨大戦車に降り立つ。
「リードくん待っていたぞ!」
「ああ、待たせて悪かった! さぁ反撃と行こうぜ!!」
俺は待ってましたと開いたハッチに飛び込んで、イクスブリード・ランドの四つ足で戦場を踏み締めるのだった。




