56:不具合起こして空回り
「もう少しでこの装甲の継ぎ直し終わるから、次に何か手がいるところ無い!?」
門武守機甲ユーレカが誇る飛行空母エキドナ。ブリードの母艦であったオリジナルマシンを多様な人類種が運用するように改修した雄大な機体の格納庫で、ツナギ姿の俺はマシンの整備に加わっている。
あと一歩で一段落というところまで進めた作業の手を止め、近くを通りかかったコットンに次の仕事を求める。けれども対するコットンは困った様に頬をかくんだ。
「いやいや、ひとまずは大丈夫だから。それが終わったらとにかく休憩取ってよ。リードったら朝から一息もいれずにぶっ通しで仕事してるじゃない」
「これくらい、そんな別に大した事じゃないさ。俺のせいでイクスブリードが使えなくて、みんなの負担が増してるんだから、もっとやらなきゃだろ?」
先日の戦闘からこっち。俺はブリードとの一体化ができなくなってしまっていた。
何度融合を試そうとしても何も起こらず、ブリードも、俺の体にも詳細なチェックが繰り返された。
けれども結果は異状なし。今まで出来ていた俺とブリードの一体化、そしてイクスブリードへの合体が不可能という点を除けば、まったくの健常だと。俺の心肺機能、そこから生命維持を担うパーツの機能も含めて。
まったくの原因不明の合体不能。俺の唯一の長所、門武守機甲の一員でいられる理由の喪失を、仲間たちは焦らないで良いと。慎重に様子を見ようと許してくれている。
だが俺が許せない。
ブリードを使えない俺に、門武守機甲の一員たる資格はない。
だから少しでもその穴を埋めないといけない。それだけの働きを示し続けなくちゃいけないんだ。
「いやいやいや。疲れてたら作業の質は誰だって落ちるから。それでミス出してちゃ元も子も無いんだからさ」
だけれどもコットンは困った様に首を横に振る。
それはそうか。俺が手を出すよりも担当してるプロフェッショナルがやる方が、二度手間が出なくて良いに決まってる。門武守機甲の皆を困らせたら本末転倒だ。だからこれ以上食い下がるのは止そう。
「だよなー。でも、俺の手でも借りたいって時はいつでも声かけてくれな」
だから冗談めかして引き下がり、目の前の作業に集中する。するとコットンはため息を一つ。くれぐれも程々にと言い残してランドイクス向けの資材を載せた車に飛び乗るんだ。
ああいう反応が出る辺り、俺が言われたとおりに休むとは思って無いんだろうな。
ともあれ俺は、猛獣の爪を受けた皮膚のような装甲の裂傷を、補強材を添えて溶接して埋め直す。
使っていたツールも片付けて、これで任された仕事は終わってしまった。肩をほぐしながらに周りの様子を見るに、コットン以外から仕事をもらおうとしたところで、寄越してくれそうには無い。
ここは宣言通りにここから退散するしかないか。
「じゃあまた俺が役に立つような事があれば声かけてなー」
すれ違うみんなにそんな声をかけつつ、俺は格納庫を後にする。
だが向かうのは宛がわれた部屋じゃあ無い。どこぞになにかしら仕事が転がっていないかを探しに行くのだ。
「お、リードじゃんか」
「おお。本当だ」
「格納庫方面から、ということは機体の整備を手掛けていたのだな。感心感心」
「ああ三人ともおそろいで。トレーニングは終わり?」
……と、思っていたのだけれども、程なくルーナにファル、クリスのイクスビークルパイロット三人娘と鉢合わせに。
正直、足を引っ張ってる現状では気まずいんだけれどもな。
しかし露骨に避けてしまったらそれはそれで気まずさが後を引きそうだからそれも避けたい。この状況、どうかわすべきなんだ……!
「そうそうちょうどタイミングが重なってさぁ。次の出動まで休んでようぜってな」
「リードもちょうどお手すきのようだね」
「ならば四人一緒と行こうか!」
「お、おう……」
迷っている間にあれよあれよと脇を固められて、完全に連行される形に。
これはまさか、俺の思考が読まれてる?
「いやいや読心術なんて出来るワケが無いじゃん?」
「そっかー……って、出来てるよね!? 何にも声に出して無かったのに返事をしてたよね!?」
「まさかまさかー偶然さね偶然ー」
このルーナのとぼけるのに俺が追及するのが漫才にでも見えたのか、クリスとファルから揃ってクスリと笑いをこぼれる。
「うらやましい事だな。息がピッタリじゃないか」
「私も合体して連携してる分リードとのコンビネーションには自信はあるんだが」
「まぁそこはね。敵の本拠地跡を二人でうろついてた経験が活きてるってことさね」
だからって頭の中を読めるようになるか?
「いやーそこはリードが単純ってかパターンなだけじゃね?」
「まあそこは、ね」
「方法は色々だけど、根っこというか、前提の部分が一つというか……」
「……嘘だろ、三人ともに見切られてんの?」
がく然とする俺に、クリスとファルは少し気の毒そうに目をそらし、ルーナだけは呆れたみたいにそれは深ーい深いため息をこれ見よがしに一つ。
「どんだけアタシらと修羅場潜ってきたか数えて見なって。いい加減読めるようになるっての」
そのひと言に息を呑む俺に、ルーナは逃がさないとばかりに腕を掴まえてくる。
「アンタはとにかくまず嫌な思いをしない様に動こうとしてる。そのためには自分の犠牲だって安いもんだって、いやむしろ認められて死ぬなら儲けになるくらいに思って、ね」
俺が見えない様に埋めていたつもりの根っこ。それを一撃で掘り起こす言葉に、俺は身動ぎを……だが掴まえているルーナの手はほどけないし、崩れるのも支えになったクリスとファルが許してくれない。
「正直アタシはね、アンタがなんでそこまで自分を安く見れるのかなんて分かりゃしないし、見当もつかない。けどさ、今アンタが向かうべきなのは忙しさに自分を埋めて虐める事じゃあ無いってのは見えてんだよ」
「それは……どうしろ……って?」
ぐいぐいとねじ込まれる鋭い言葉。これに俺は、どうにかこうにかに質問の声を絞り出してクリスやファルにも目で問いかける。
すると二人もルーナの言葉に同意する様に神妙な顔でうなずいて。それで視線を一巡りにルーナに戻したところで、俺の腹が決まったと見てか口を開く。
「アンタが立ち向かうべきなのはブリードさね。融合がうまく行かないってなったあの日から、呼ばれない限りは寄りつきもしてないんだろ?」
このひと言で俺の心はまた強くギクリとさせられる。そうだ。俺が仕事をくれくれとせがんでいたのは、戦力になれなくなった穴埋めだけじゃあない。機能回復を試す機会から逃げる口実を欲しがっていたんだ。
そんな俺自身の心根の弱さと汚さ。これを直視させられて、俺はもう消えてしまいたくてたまらなくなった。
だが打ちのめされた俺を、掴んだルーナの腕が崩れないように引っ張り上げる。まだダメ押しがあるのかと諦めているが、しかしシャチ娘は予想に反して、柔らかく励ますように俺の肩を叩くのだ。
「ちょいと合体に不具合が出たくらいでくじけんなって。アタシらの誰が、一緒に戦ってきたこの三人の誰がそれくらいでがっかりしたなんて言った? 誰も言ってやしないだろ?」
「そうだとも。私たちはリードくんならまた共に戦えるようになると信じている」
「……そんな、俺なんかを、どうして?」
「だってリード、わたしたちを見捨てたり出来ないだろう?」
ああ、俺の弱さを、俺なんかの本性を分かった上で……こんなに信じてくれて。
この信頼に俺がうなずき返そうとしたところで、不意に足場がぐらついてけたたましい警報が鳴り響くのだった。




