54:融合しているってことは?
「いやはや……達人は道具を選ばず……とは言うが、やることの程度にもよるのだがな」
言いながら白衣姿の魚人博士が、ペタペタとプレハブに押し込まれた機械の間を歩き回っている。
その機械はバインドテープで車姿に固定された俺に繋げられている。
このプレハブラボは猿人さんの部下が、俺たちの留置所として設営した仮設ガレージで、そこにドクター・ウェイドが要望した機材を運び込んだものだ。
元々、シーイクスと俺を周りから隠すのにギリギリ程度の仮設ガレージだったから、機材が入りきらずにそれを収めるためのテントを出入口に後付けする事になってしまっている。
「……ではやはり、今からでもそれなりの設備が備わっているユーレカ基地に移動いたしますか?」
「なるほど素晴らしい提案だが結構! 不信があるからとこの場で急造した設備を使っているというのに、それは本末転倒では無いかね? むしろそれが許されるのならば私はむしろ私のラボに運び入れたいくらいなのだがね」
目付役も兼ねた助手役であるアンスロタロス・メイドの提案に、ノリツッコミ気味に返しつつ、博士は作業の手を止めない。
抱えた欲望をチラ見せしたその横目に、俺はまたバラバラにされたロボな自分を見てしまって、この場で良かった。チーム315の娘たちが来てくれて良かった。と、内心で胸を撫で下ろす。
「さぁて、それでは内部データを洗わせて貰おうか。ギョフフフフ……」
ウキウキと白衣の腕をまくって機材に臨むドクター・ウェイド。その目を盗んでアンスロタロスの一人が俺を覆うバリアのそばに身を寄せる。
「……マスター、ご安心を。今のところ怪しい動きはありません」
「ありがとう……みんなが来てくれてホントに心強いぜ。ルーナの側にも充分気を配ってやってくれな」
「……もちろんです。マスターに細工はさせません」
短いささやきを交わしてすぐ助手としての仕事に戻っていくメイドさん。
それに続いて俺の中に何か探りの手が入りだす。
それはもちろん物理的な意味ではなく、内部データのサーチが本格的に始まったって事だ。
「フム……フム……機体内部に不自然なパーツは無いか……む、これは……なんだ武装とそのバレルアタッチメントか。戦闘の映像で見たことがある。しかし、この変形機構でよくぞあの強度が保てるものだ……」
この独り言って、俺の解剖図を見てるって事か。ユーレカの身内がやるのは分離中か、シミュレーション中での内部モニター程度だから、改めて一体化の最中にやられるってのは気持ち悪いな。
「出力は……なるほどサイズと比較して高い水準だが、やはりエネルギー効率が違うのか。強度強化を充分に施し、なおかつ緊急時にはさらに出力を増しているらしいログも……これはこれは、ギョフフ……」
「……博士、横道にそれています。内部の異状を見てくださるのでしょう?」
「これくらいの役得はあっても良いものだろうに……これでもやることはやっておるぞ」
覗き見に力が入りつつあるのにストップをかけられたドクターは魚顔を不満げに。しかし不承不承ながらもうなずくと、博士曰くの役得から配分を変えてくれたようだ。
「……うむ、うむ……非正規のパーツが紛れている形跡は無い。損傷痕付近は念入りに洗ったが、問題なし。この辺りは捕縛時にスキャンされた結果と同様だな?」
「……はい。提出されたデータには異状なしと。マスターらであれば当然かと」
「なるほど。君たちは遺跡の中で眠っていたアンスロタロスだったか。だが、あいにくと遺跡としてしか知らない我々にはその信頼を抱ける根拠が乏しいのでね」
ブリード、そしてイクスブリードの機能なら異常など起きているはずもない。そう当たり前のように言うメイドさんに、博士の言葉は冷淡だ。
まあその言い分も分からないでもない。俺だって致命傷食らってブリードとの一体化で命を拾って無かったら、何も知らない一般人のままだっただろうからな。もしそうなら今も訳が分からないまま使ってる超兵器くらいの認識でしかなかったはずだ。
「いや待て? 非正規のパーツと言うなら、たしかこちらのブリードには合体して動かしている人物がいるはずだが……どこにいる?」
そう不気味がる人々について考えていたならば、ふと博士は聞き捨てならない事を言う。
俺の体がどこにも無いって?
いや、ブリードと一体化してはいるが、俺自身の意識は確かにここにあって……だから俺はここにいる、いるはずなんだ。
だが、本当にそうなのか?
こうやってリードだって自覚して思考している人格は本当に本物なのか?
本当のリードは致命傷を負ったまま死んでいて、元の肉体の脳みそにあった情報から作られた人格が俺だったりするんじゃあ?
そうだとしたら、俺が前に意識を無くしたり、知らないはずの物事を知ってたり、引き出せたりした事も納得がいく。
俺は、私……? おれ、ワタシが? いやリードは私で、ブリードが俺?
「なんだ!? なんだ!? データがオーバーロードしてッ!?」
「何を……!? 博士、マスターに何をしたのですッ!?」
「わ、私は何にも知らん! データを見せてもらってはいる! いるがしかしまだそれ以上の事は!?」
「……まだ?」
「あ」
外でなんやかんやとやりあっているようだけれども、俺の意識は目の前に現れたモノの方に取られている。
それは私だ。二足のバトルモードになった俺が私の前に立っているのだ。
「……する……とはない……しん……こと……い……じょう……だ……」
皮膚のように滑らかに動くメタルフェイスから沈んだ光と何事かのメッセージが送られて来ている。
だが音量が定まらず、ノイズにも遮られたその言葉はよく聞き取れない。
「何を言ってる!? 何を言いたいんだよッ!?」
分かるように喋ってくれ。そう願う俺だけれども、ブリードが跪いて顔を近づけてきてもその言葉は正しく俺には届かない。
沈んだ光を灯したその目は、どこか俺を憐れんでいるかのようで――
「だから何をッ? 何を俺に伝えようとしてるんだッ!?」
その光がやけに胸をざらつかせて、俺はついわめき散らしてしまう。
子どもの癇癪じみたその姿を見下ろして、俺は我ながらの不甲斐なさに余計に苦しくなる。
いや、待て。俺は今、俺を見下ろしてるのか? 私を見上げているのか? どちらなんだ!?
俺自身があやふやになる感覚への恐怖。これに頭を抱える私に対して、見下ろしてくる私も、見上げてくる俺も、困惑と憐れみに労りを混ぜ込んだ顔で手を伸ばしてくる。
その間にも何かしら言葉をかけてくれてはいるようだけれども、その内容は俺にはまったく伝わってこない。
そりゃあ、俺と一体化をする前から俺たちの世界への侵略と戦ってくれていたブリードだ。悪意なんかは無いんだろう。だけれども、だからといって……俺なんかを助けて目的を放り出すような事なんてするか?
俺ならとてもできない。他の人ならともかく、俺なんかを助けるために犠牲を出すだなんて。
だから俺は迫ってくる手から逃げようと後退りする。だが離れたはずの俺は、気がついたら硬いものに取り囲まれてしまっていた。俺を掴まえたブリードの手はカチカチの金属。であるはずなのに握りの具合か、妙に柔らかに感じる。
「……大丈夫だ。何も心配することはない。君の心は君のままだ……私と繋がっているがための影響は否定しない。だが、それはただのきっかけに過ぎない。すべては巡り合わせの中から君自身が積み上げてきたもの……」
握りの具合と同じく柔らかく、諭すような言葉。だが俺はそれを心から受け止められずにはね除けてしまうのであった。




