53:やってる場合か!
「……ですから! あのゲートを潜って来たのは我々ユーレカ所属のイクスブリード・シーで、その乗り手である海戦隊エースのルーナと、ブリードに融合したリードである。そのように照合済みだと!!」
「だとしても汚染されていないとは限らないだろう? そうでなくても、我々のスキャンを誤魔化せるほどに精巧なダミーである可能性も否定は出来ない」
拳を机に叩きつけて抗議するライエ副長官。この吠えかかるような勢いを、毛深い猿人のお偉いさんは通信越しとはいえ涼しい顔で受け流している。
「汚染とはなんだと言うのです!? やっとの事で帰還した彼と彼女に何の疑いがッ!?」
「死地からの帰還という意味では同情しますよ? ですが知らず知らずに暴走するプログラムを入れられている。条件を満たすなりにコントロール不能な自爆に入る。そんなものが仕込まれているのかもしれない。実際に、彼らから提出されたログには敵本拠地のシステムへのアクセス、そして居残っていた敵からの攻撃を受けている。潔白が証明されるまでは解放などとてもとても……」
ライエ副長官が俺たちを信じ、解放を求めるのに、猿人のお偉いさんはのらりくらりとした態度を崩さない。
「……良く言うな。んなもんどうとでも引き伸ばせるだろうによ」
そんな様子を眺めて吐き捨てるのはルーナだ。
なんと門武守機甲の海戦隊エースである彼女は、乗機であるシーイクスのコックピットに監禁された状態にある。
「監禁ったって、アンタよりはマシだよ。こうやって非常食をやけ食い出来る自由はある分にはね」
ルーナが言うように、俺も拘束されている。
具体的には車形態のブリードをバインドテープでグルグルに。その上で仮設ガレージとシールドバリアの中に閉じ込めてって具合にだ。
今繋いでるルーナはもちろん、ユーレカの仲間達はあんまりにも窮屈な扱いだってむかっ腹を立ててくれてる。
でも一体化してる間は出るものも入れるものも無いし、姿勢が苦しくなったりもしない。だから俺よりもコックピットに押し込められてるルーナの扱いの方がひどいように思えるんだけれども。
俺たちがこんな風に捕縛されているのは、迎えにきてくれたのがユーレカ基地のチームじゃなかったからだ。
元の世界に帰るのに使ったデモドリフトのゲート。その反応を検知して出撃した門武守機甲の一部隊、猿人のお偉いさんの部下たちから攻撃を受けた俺たちは、彼らによって捕縛され、こうして囚われの身にってワケだ。
それをユーレカの仲間達から聞いたライエ副長官が、作戦の合間だというのにこうして不当だって抗議に入ってくれている。のだけれどもこの通り、まるで通じていやしない。
「大切なのは納得でしょうが? 身内だからと甘くなるだろうユーレカの判断では我々は納得が出来ない。そういうことだ」
「ならどうすると? こちらとしては味方が拘束されるような不当な仕打ち、それそのものが納得いかないのですが? これ以上の彼らを貶めるような扱いをされるようであれば、ユーレカ基地の戦力供出の程度も変えなくてはなりませんよ?」
挑発するようなお偉いさんの物言いに、ライエ副長官は前のめりに俺たちの解放要求を重ねる。だが制服の猿人は怖い怖いとわざとらしく首をすくめて、さらなる挑発を返す。
「敵の装置も扱って、門武守機甲としての協調も拒む……これはもはや基地そのものが敵の汚染を受けていると見なすべきだったかな?」
「何を無茶苦茶な……!」
ひどい言いがかりだ。だがユーレカを逆に包囲するほのめかしに、ライエ副長官も勢いを弱めざるを得ない。
こんな横暴、あのお偉いさんが一人で言っているだけなのだろうとは思う。だがどこまでひそかに脅すなり何なりの根回しを済ませているのかも見えない。
「強大な戦力で侵略を仕掛けてくるデモドリフトを相手に、我々の結束を乱すべきでは無い。それが分からないはずは無いでしょう?」
「さて? その結束も味方であると信頼できればこそでは? 敵に通じているやも知れないところはかつての仲間であっても切り離すべき。そうでは?」
この態度、どこまで本気なんだ?
本気でユーレカを排除してしまっても構わない、そう思ってるのか?
俺たちとユーレカの基地と町。双方を人質に取られた形のらちの空かない交渉。これにライエ副長官が歯噛みするのに、別の通信ウインドウが割り込むように入ってくる。
「あーお話は分かりました。それで、我々はどうやって身の潔白を証明したら良いので?」
「レグルス長官!?」
通信に入って来たのはウインドウいっぱいに広がるような獅子人の大男。俺たちの長官レグルスさんだ。
猿人さんに譲歩するような物言いからの参加に、ライエ副長官は咎める様な目を向ける。
だがレグルス長官はその広い手を前に落ち着くようにとジェスチャー。俺たちを拘束しているお偉いさんの返答を待つ。
「それはもちろん、我々の選んだ技師に調べて頂かない事には」
「なるほど? しかしそれはもうすんでいるのでは? あなた方の手で、我が方の勇士達は繰り返しにスキャンされているはず」
「あいにくと我々は元が敵と同じ技術を過信は出来ませんでね。これでも破壊せずに拘束で留められているだけ、配慮していると思っていただきたい」
「……慎重なことだ。ではこのまま敵の侵略を前にして、平行線の議論を続けるおつもりで?」
悠長に過ぎる。レグルス長官がそんな批判を込めた視線を投げれば、猿人のお偉いさんはやれやれだと通信ウインドウいっぱいに使った仕草をして見せる。
このあんまりにもな態度には、長官に任せて下がったはずのライエ副長官も眉をひそめる。が、顔色をまるで変えない長官に倣って、静かに相手の言葉を待つ。
「まさかまさか。このままいくら繰り返したところで心配が拭えない。なら信頼の出来る相手に調査をして頂ければ良い。それだけの話ですよ」
お偉いさんがそう言うや通信ウインドウがまた一枚増える。
そこに映っていたのは魚の顔。とは言っても水中カメラだとか水槽のアップとか、そんなではない。白衣を羽織ったこの魚顔の博士には覚えがある。たしか、ドクター・ウェイド氏か。少し前に護衛役もやった事がある。
「これは、ドクター・ウェイド。わざわざご足労を?」
「ギョフ……いやいや。偶然近くにおりましたところに声をかけられましてな。私としても興味深い話であったので、是非に……ギョフフ……」
含み笑いを溢すドクターの顔に、俺は背筋に冷たいものが走った様な感覚を覚える。それはルーナも同じようで、傍受している通信ウインドウに険しい目を向けている。
「……と言うわけで、遺物の権威たるウェイド博士に調査をしていただけたなら我々をはじめとした、ゲート向こうから帰って来たというのに不安を抱く大衆も安心出来ると言うわけで。何か我々の調べでは分からなかった事も見つけて下さるかもしれないからな」
「異界に行き、帰って来たというのは実に興味深い……ああ、いやいやそれだけ調査にも熱が入ると言うことでな。納得の行くデータを出して見せよう。ギョフフ……」
安心感を持たせようって、そんな笑顔のつもりなのかもしれない。が、知的好奇心の先走ったそれに、俺は逆に不安があおられる気分だ。具体的にはバラバラに解体調査された俺の未来図が見えてしまうくらいに。
残るユーレカ勢もみんな似たような不安があるようで、どうにも踏み切れずにいるように見える。
「……分かりました。こちらからもアンスロタロスのチームを助手役に寄越しますので、お役立て下さい」
だが背に腹はかえられぬこの状況。その場で探究心の暴走を止めるための人員を差し込むので精一杯であった。




