52:拾ってくるつもりはなかったのに
「こ、ここは……? 帰れた、のか?」
ゲートから投げ出され、地に落ちた衝撃に頭を振りながら、ルーナは俺の目を通した景色と、周辺の地形データを確める。
確かにここは俺たちが転移するように設定したユーレカ近くの土地に見える。だが、あの土壇場の、転移を制御するコアユニットに破損暴走があった状態でのゲート使用だ。どんな異常があるか分かったもんじゃない。
「通信は……よっしゃ繋がった! こちら門武守機甲ユーレカ基地所属、イクスブリード・シーのルーナだ! 応答頼む!」
「ルーナッ!? 今までいったいどこに? それに、現在地……そこにたった今ゲート発生の反応があったけど、どういう事なの!?」
「ちょいとリードと一緒に大将首を追っかけててね。で、ゲートはたった今、その追っかけた先から帰って来るのに使ったのさ」
聞き覚えのある基地オペレーターの声に、ルーナはやれやれとくたびれを強調して見せる。
対するオペレーターからは、通信越しにも分かる程の息を呑む気配が。
「……そういうこと!? いけない、ついさっきに……!」
「おっと! のんびり近況報告とは行かないっぽいね!?」
慌てた警告を遮って、ルーナは足を一打ち。そうして跳ね上がった俺の機体が寝ていた場所をビームが貫く。
「あーあ……やらかしたね。まさか連れて来ちまったとはさぁ」
ルーナの呟きと共に対峙したのは、亡霊のように浮かぶデモドリフトの残骸たち。半分に割れた強面でこちらを睨んでくる鋼鉄暴君のジャンクだ。
ゲート突入に合わせて力任せに振り払ったと思っていたが、俺たちの世界にまで着いてきてしまったようだ。
「ここで野放しにするってチョイスは無いよな? リードよ」
それはそうだ。
コイツ自身に幹部連中、こっちに攻め入って来てる先遣隊との連携は無さそうだ。だからと言って奴らと合流させるワケにも行かない。何より、ユーレカの傍で暴れさせ続けるワケには行かないからな。
「決まりだ、な!」
互いに腹は決まってる。その事を確めあった俺たちは動きを合わせてデモドリフト・ファントムにアンカー放る。
対する亡霊暴君はゆらりと風圧に揺られるように繋がりの緩い機体を流してアンカーの軌道から逃れる。
そしてバラけるままに俺たちを取り囲むように空を滑っていく。
「そうくるだろうってなッ!?」
エネルギーの網にかけようとするその動きはもう見ている。その手を打つと読んでいたルーナは空を切ったアンカーをイクスブリードの機体ごと振り回して暴風を起こす。
この渦にまんまと呑まれたファントムのパーツたちが漏れ出たエネルギーの尾を引いて振り回されているのが見える。
だが奴らも流されているばかりではいられないと、流れ出たエネルギーを別のパーツに繋ごうとしている。
「網が作れないなら綱に仕立てようったって、なぁッ!?」
だがルーナはエネルギーロープの完成よりも早くアンカーを奮って渦を放り投げる。
嵐ごとに投げ出されたデモドリフト・ファントムのパーツ達は半端な結びつきのまま、二つ三つで絡まるようにして空にバラける。
そうしてそのまま墜落する――のを待つほどルーナは甘くない。イクスブリードの機体を自分からドスンと地に着けるや、その腕を叩きつける勢いで振り下ろした。
実際に地響きを打ち鳴らしてめり込んだ俺の大腕。自然、その先端から伸びたアンカーも、そこに絡んだファントムパーツもまたまっ逆さまに墜落した。
「オォラァ! まだまだ!」
ギザ歯剥き出しな笑みを浮かべたルーナはすかさずに地を蹴りジャンプ。合わせてのスラスターと巻き取りとで急加速する。
その正面には土くれを巻き上げてこっちに迫るパーツの塊が。俺はそれにルーナがやるように拳を突き出した姿勢で突撃。さらに機体内のブリードをオーバードライブさせた上での体当たりをぶちかます。
固くも軽い手応えと共に千切れ飛ぶファントムパーツ。中身ががらんどうとはいえ、まるで発泡スチロールに重機でぶち当たったかのようじゃないか。
この威力を目の当たりにしてか、デモドリフト・ファントムは残りのパーツを集合。だがたった今俺たちに吹き飛ばされたために、集まったのは頭に左腕、後は腰と右足の四つだけ。それも半分になった頭を含め、どれにも軽くないダメージが見える。
敵の有り様はまさに満身創痍。だがヤツの攻撃手段に、繋がりのふわふわな有り様は、まだまだ手痛い反撃の手を控えているのを見せられている。迂闊に攻めれば、こちらが叩きのめされる。そんな結末もまだ見えるのだ。
「だからこそここは攻めの一手だろっての!!」
だがルーナは構わずに突っ込む。トドメだとあからさまな大振りの拳を振りかぶった俺に対して、ファントムはゆらゆらと大半の失われた機体を揺らし、打撃の風圧に自ら流されるように――。
「なぁんてな」
が、ルーナは構えた拳を出さずに急旋回。ファントムの横をすり抜ける。
そして肩透かしを食らって空によろめいたままのファントムの後ろ頭にアンカーを叩きつける。
「いっただきだッ!!」
手応えを受けてすぐさまの巻き取りときりもみ回転。俺たちそのものを巻き上げ機としたかのようなこの軌道にアンカーにかかったデモドリフトの頭半分が飛んでくる。
そして回転に巻き込んだ勢いのまま、釣り上げたヘッドパーツを下敷きにしての墜落。裏拳ぎみに地に叩きつけた俺の腕の下では、くしゃりと平らになったデモドリフトの頭が。
この頭への修復不可能なダメージを受けて、バラけていた残りパーツはそのまま方々に散って地に堕ちる。
「思った通り、頭が司令塔だったってーワケかい」
ルーナが狙いどおりだとほくそ笑む通り、ファントムをコントロールしていた中核はヘッドパーツだったようだ。
敵の暴君の抜け殻のようなものとはいえ、沈黙させられたのは大金星ってヤツだろう。
「あーれだけ溜めといてこの程度とはねぇ。まったく拍子抜けってもんだよ!」
オイオイオイ。やめてくれって、親指を下に向けるとか。そりゃ敵の大将相手だけれども。俺の機体にまでやらせないでくれって。
「おっとこの機影達は……ようやっとの援軍かね? もう全部終わっちまったんだがね」
接近する友軍機の反応を捉えた俺がそれをレーダーに映せば、ルーナは体を伸ばしながら空を見上げる。
お迎えご苦労。そんな風にルーナが俺の手を上げさせると、空から光の弾が飛んできた。
「うおっとおッ!? なんだなんだなんのつもりだッ!? 敵と間違ってんのか? 敵の入口使ったからって!!」
ロックされると同時にルーナが跳ねたお陰で、エネルギー砲は俺を焼く事は無かった。そうして回避に専念する俺の中で、ルーナは識別信号を確認、同時に門武守機甲ユーレカ基地所属の機体だと主張もする。だが砲撃はまるで緩まず、装甲で弾き飛ばさなきゃならない。
「まさかデモドリフトの連中……? だが!」
それは俺も疑った。けれども砲撃を仕掛けて来てるのはレーダーには友軍だと出てる。アレらがデモドリフトか、もしくはその息のかかったのだと確信が持てるまでは迂闊に反撃も出来ない。
「なんのつもりだって聞いてる! やっとの思いで敵の本拠地から帰って来た戦友への態度かこれが!?」
味方から撃たれっぱなし。その状況への鬱憤を吐き出すように叫ぶルーナだが、返答は砲撃のみ。
やがて俺たちの周囲全てが破壊の光で溢れかえり、逃げ場を奪われたと察した俺たちが身構えた直後、この機体は降り注ぐ砲撃の津波に呑まれてしまうのであった。




