5:俺に何ができる
巨大機械兵によるユーレカシティベースへの襲撃。
これまで敵襲の現場に出向くばかりだったという門武守機甲にとって、初めて当たる局面だ。当然誰もがどよめき動きを止めてしまったけれど、それも一瞬のこと。すぐにトップからの声がかかると、ライエ副長官の指示が続いて、全員が動き出した。
「基地そのものが防衛対象になったまで! 心配しないでくれ!」
クリスもこう言って愛機へ向けて馬蹄の音を響かせていった。
で、一方の俺は引っ張られるままに一番の安全地帯として、基地の一角に案内されていた。
窓が無く、厚い壁に囲まれている部屋なのか、避難中に何度か感じた攻撃の振動もいくらか遠のいた感じがある。
非戦闘員用の緊急避難所として設計されてる部屋なんだろう。俺以外にも結構な人数が部屋の中にいる。
こうなった以上は、戦闘が無事終わらないとどうもこうもない。迷惑にならないように適当な場所でおとなしくしていよう。
それでどこがいいかと探していたら、後ろでドアが開いたのであわてて横へ。
「おら、ここでおとなしくしてなよ。すぐに片付けてきてやるから安心しなよ」
そんな荒っぽくも気遣いのある言葉といっしょに押し込まれたのは、男の子女の子二人だった。
二人を押し込んだ白黒の女の人は、すぐさま踵を返すと肩掛けにしたジャケットをはためかせて走っていく。
「がんばってー!」
毛深い耳をした子どもたちは、その背を見送って改めて部屋の中に。そしてドアが閉まると同時に、爆音で部屋が揺さぶられる。
悲鳴が響くなか、バランスを崩した二人を俺はとっさに支える。
「大丈夫? ぶつけてない?」
「う、うん……へいき」
「ありがとう、お兄ちゃん」
反射で助けに入ってしまったがヤバい。二人とも返事しつつもちょっと困ってる。誰だコイツはって感じで!
「俺はリード。この前のに巻き込まれて拾われてたんだ。いや無事で良かったよ」
努めてにこやかに早口で名乗ったら、男の子も女の子もひとまず安心した感じになってくれた。名乗り返してくれたところによると、狼の男の子がリュカ。ライオンの女の子がアルテラと言うのだと。
危なかった。どうにかピンチからの脱出は成功か。俺にしては会心の立ち回りだ。
「またなんか揺れたりすると危ないから、二人とも机の下かなんかに入ってな」
そう言えばライオン尻尾の女の子も、狼の尾をした男の子も素直に大きめなデスクの下に身を隠してくれる。
「だいじょうぶかなぁ?」
「しんぱいいらないに決まってるでしょ? パパとアンタのママと、ビークル乗りのお姉ちゃんたちががんばってるんだから!」
狼の耳を下げたリュカを落ち着きなく尻尾を動かすアルテラが励ましている。
口ではどう言おうと怖くてたまらないだろうに。出来ることならこの子たちの不安を何とかしてやりたい。が、元凶の戦いに対して俺が出来ることは、もう無事に終わるのを待つことしかない。
そんな無力感に打ちのめされた俺の視界がぐらりと揺れる。
「何が」と思うが早いか、揺れて歪になった視界はすぐにクリアになる。
だけれどもくっきりと見えたのは爆炎の弾ける外の景色だ。
「敵を市街から遠ざけろ! 演習場に誘い込めって!」
「追い込むにしたってさ! まだ人がいるから使える武器なんて!」
「奴ら、まるでそれが分かっててやってるみたいじゃないか!? こっちの町を盾にするみたいに!」
「そんな! こんなに統制の取れた動きなんてこれまで!」
戸惑いの声のやり取りの入り交じったこの映像。これは何かのカメラの映像なのか?
何だってこんなのが俺の脳内に直に流される?
そんな疑問を置き去りに、ライブ映像は次の局面に。
「私がこのまま敵集団に突っ込む!」
そう叫ぶのは黄色に塗装された超大型の戦車だ。
車体上部から伸びる二つの円錐形結晶からエネルギー弾を放ち、巨大な機体を支える無限軌道を唸らせる大戦車。その車体から聞こえた勇ましい声には聞き覚えがある。
クリスの声がするって事は、アレが彼女の担当するランドイクスか。
「そんな!? 無茶が過ぎるッ!!」
「この状況、無茶を通してでもこじ開けねば! それにランドイクスの装甲ならば盾になりにいくつもりでも!!」
制止の声を振り切って大戦車が駆け出す。その叫びの通り、厚手の装甲は降り注ぐ弾丸をものともせずに跳ね返している。
機体の強靭さに任せたこの突撃は、たしかに正面の敵集団を易々と突破して見せた。が、建物に狙いを変えたジャンクトルーパーのために、足を止めて盾になるしかなくなってしまった。
「うぅっぐぅ!?」
「クリス!」
「言わんこっちゃない!」
十字の集中放火を浴びせられる黄の大戦車に、赤い大型飛行機と青い空飛ぶ潜水艦が助けに入ろうと。
しかしその動きもまた、強烈な砲撃によって出鼻を挫かれてしまう。
後続の小ぶりな機体が砲撃する敵集団に向けて狙いを定めるも、市街を盾にした立ち回りで足を止められてしまっている。
こんなものを見せて、俺にいったいどうしろって言うんだ?
―ん、リードか? 手伝うこと? いや構わん構わん―
―なにかしなくちゃって、気にすること無いわ。アンタには向いてないから―
―ここは任せて、お前は別のことをな?―
ああ、散々言われてきたじゃないか。俺に出来ることなんて……何もしない方が邪魔にならなくて良いくらいなんだから。
だって言うのになんで、なんで行かなくちゃって、何とかしなきゃなんて気分になるんだ!
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「だいじょうぶ? どっかイタイの?」
「……いや、平気だよ。心配いらないからな」
頭を抱えてしまった俺を見て、リュカとアルテラを不安にさせてしまった。
情けない。こんなだから、俺には……。
だけれど無力な俺の頭には、行くんだよって急かすみたいに外のピンチの様子が流し込まれてくる。
そりゃあ俺だって、助けになるなら……知った顔を助けられるなら行きたいさ!
自分を急かす何かに胸の内で怒鳴り返したその瞬間、俺の体から淡い光が。
胸と額。その二点から広がった光はすぐに俺の全身を包んで――
「ドアをすぐに閉めてロックして!」
壁の向こうから引きずり込まれる感覚を受けた俺は、とっさにドアを開けながらリュカとアルテラの二人に叫ぶ。
それが言い終わるが早いか、俺の目の前が真っ白になって、どこかへ吸い込まれる。
そして気がつけば異様に広い視界が開ける。
「おい!? なんだ今の光!?」
「分からないけど、この……ブリードだっけ? これに吸い込まれたように見えたけれど……」
俺の体を取り囲んで、作業着姿の人達がざわついてる。
じゃあ、ここはさっきの作業場ってことか!?
なんでここに来てるのかはともかく、案内も無しにここにいちゃ色々マズイ。動かなくちゃだろ!
それで焦って踏み出した俺の体からは唸るようなモーター音が。
これに驚いた作業着の人達が反射的に飛び退くのとほぼ同時に、俺は前へ跳ねるように駆け出した。
ぎょっとなった次の瞬間には、もち上がりかけの壁がもう目の前で。慌てて突っ張り急ブレーキを。
足元から激しく甲高い音を立てるけれども、結局開ききる前に滑り抜ける形に。
潜ったその時に、頭の方でも一瞬の甲高い音と熱が。泣けそうなほどにヒリヒリする。けれどもこの勢いで正面衝突よりかはずっとマシか。
って、そんな事を考えてる暇はなくて、正面にまた壁!?
右、左って強引に体を振り回して、俺は道路を走るだけでいっぱいいっぱい。なのにこの目の前で爆炎が弾けて塞いでくる。
この余波と地面の荒れに蹴躓いた俺の体は宙へ。
「お前はッ! グエエッ!?」
そして飛び上がった勢いのまま、俺の足は正面にいた二足歩行の重機に激突するのだった。