49:不気味過ぎて雑談が捗る
「無事着陸ー……っと、しかしまぁ油断は出来ないがね」
シーイクスのアンカーを真下の金属塊に打ち込んで、ルーナがふぃーっと息を吐く。
それを触れ合った装甲から感じとりながら、二足のブリードモードの俺もまた銃を片手に彼女の死角を補う形で警戒をする。
「ここまで何にもされなかったけれど、何せデモドリフトの本拠地らしい、からね」
分離した形で俺たちが着陸したのは機械惑星デモドリフト。その光を洩らさない表面部分だ。
「まさかこんなタイミングで敵本拠地の偵察までする羽目になるとはね」
「まあ、ヤツらの使ってるワープゲートを使ったんなら無い話じゃあない……だろうけど、いきなり本拠はまさかまさか、だよなあ」
そんな軽口を交わしながら、俺を背負ったシーイクスはゆるゆると機械惑星表面を滑っていく。
偵察。とルーナは言ったが、本命はそっちじゃ無い。俺たちがこんなヤバいところに潜り込もうと決めたのは、自分たちの世界への帰還手段を探るためだ。
またここを通っていくかもしれないデモドリフト幹部。いつあるかも分からないそれを待つしか無かった俺たち。その前に現れたのが、侵略者を送り込んで来ている連中の本拠地だ。危険を承知で賭けてみるしかないだろうってなるよな。
「それがここまで無警戒とはね。逆に不気味ってモンだよ」
ホントそれ。
警戒してるこっちがバカみたいなくらいに無防備で。留守にしてるにしたってもうちょっと、警備なり残していくモンだろうに。それが無いだけにどんな罠が仕込まれてるやら不安になってくる。
そうやって戦々恐々に進んでいると、谷のようなところに行き着く。アンカーを命綱にして俺が先回りに様子を見てみれば、シーイクスごとに侵入出来そうなハッチがあるのが分かった。
だがここまで調べてみても、周辺の迎撃砲は明後日の方向を向いたままか、ハッチの中に籠ったままでウンともスンとも言わない。
起動トリガーになりそうなセンサーの類いも見えないし、本当に警備はどうなってるんだ、警備は?
「とりあえず、この侵入出来そうなハッチを開けてみる」
「何かあった時は一気に引き上げて引きずってでも逃げてやるから安心しな」
微妙に安心できない返信に、俺は思わず苦笑を浮かべながらハッチ横のコンソールをいじってみる。
ここの生まれのブリードとフュージョンしてるだけあって、知らない装置のはずなのに操作する事自体は出来ている。むしろ電源が生きてるのかどうかの段階で心配になる静かさだったけれど、レバーを捻ればあっさりと、拍子抜けするくらい素直に侵入口が開けられるのであった。
「うーわ、気持ち悪い」
「ああ。すんなり過ぎるよな」
これでもアラート一つ起こって無い不気味さに、ルーナと俺は同じ感想を共有する。
「でも、入らないってルートは……」
「無いんだよなぁこれが」
退路の無い、というか退路を探して進んでいる状況では、俺たちの前にあるのはこの罠の臭いがプンプンする侵入口一つだけだ。
ゆっくりと降りてきたシーイクスに取り付いて、ゲートを潜るその上から周辺の様子に目を配る。
しかしなにも起こらなかった。
閉じ込められる事を警戒して開け放ったままで一度止まった俺たちだが、後ろのハッチが勝手に閉まったりはしないし、いきなりにバリアネットが発生したりもしない。
「……いっそ襲撃でもしてくれた方が気は楽だなこりゃあ」
「滅多な事を言わないでくれよ。同感ではあるけれどもさ」
これに嵌めるつもりだったのかーってなっちゃった方が腹も決まるしね。いっそね。
そんな軽口を交わしながら、俺たちは通路をゆっくりと中へ。
当然壁も床も天井も機械で固められた通路はかなり広くて、シーイクス一機と俺だけならまず擦らないだろうくらいの余裕がある。だが暗い。隔壁を開けられるエネルギーが通っているはずなのに、非常灯の光が壁のガイドとして点々とあるだけ。シーイクスの探査用ライトと俺の照明灯が無きゃ、ろくに見えないトンネルだ。
「そういやあ普通に入っちまったけど、外と中とのワンクッションとか無いのかい? ほら、空気とか抜けてっちまうだろ?」
「ああ。エキドナにも格納庫前にあるモンね。エアロック」
必要不可欠なものだからそりゃあ何で無いのってなるよね。ただブリードの知識によると、そもそもブリード達には大気の感覚が薄いんだとか。
もともとこの惑星デモドリフト、ほとんど大気が無かったのだと。
ここからはブリードらのルーツの話になるけれども、そのほぼゼロ大気の惑星に金属生命体が誕生。それは複雑さを増していき、機能の増設やオミットを繰り返す進化を続け、やがて星の全てを機械で覆い尽くす大文明を築くに至った。
だからここは僕らの星で言う上空の要塞ってワケじゃなくて、数千層にまで積み上げた地表の最外周ってところに当たる。つまり、ここはもう惑星の中なんだ。
「はあー……なんとも壮大な話で……それで、その大文明を帝王として支配したのがデモドリフトってーワケ?」
「そういうこと。ブリード曰く、デモドリフトが出た頃にはもう、この辺の惑星どころか、別の恒星系にまで資源取りの拠点を広げてたらしいけれどね」
そんな想像もつかない程の機械大帝国を支配下に置いたデモドリフトは、ゲートによる俺たちの世界を含めた異世界への転移法を確立して、帝国拡大の手を別世界にまで広げ始めた。
他の文明の無い恒星圏への拡大はともかく、わざわざ他の生命、文明の芽生えた世界に侵攻するこの拡大政策。これに対して反発するものは少なくなく、それらの中から発生したブリードらレジスタンスとの間で、機械帝国は内乱状態に至ったのだと。
とは言っても、大多数がデモドリフトの体制派。抗するレジスタンスは反体制派の中からの選り抜き状態。あからさまなまでの多勢に無勢で、侵攻計画に多少の遅れを出せれば御の字といった有り様だったとか。
「……で、その戦いの挙げ句にアタシらの世界まで巻き込まれて、レジスタンスのブリードや、デモドリフト連中の兵隊やらが超文明遺跡になって残るような相討ちになったってワケな」
「まあ、そんな感じ。ブリードや協力してた当時の人たちが捨て身にゲート発生装置を壊したから、どうにか1200年の時間は稼げたって事みたいで」
「それでまたアタシらの世界向きのゲートを開いて侵略してくるとか、どんだけムカついてたの……ってーか、ちとこだわりが強すぎじゃあない?」
「いやまったく同感だよ」
痛い目にあわされた標的だよ?
恨み骨髄に報復する……したとしても、もうちょっとこう、搦め手で攻めておくとかさ。
いやまあ、ブリードも1200年スリープで自己修復状態だったワケで、デモドリフトサイドの事なんか知ってるはずもないわけで。だからデモドリフト側が再侵攻出来るまでの復旧にどれくらいの時間をかけたのかとか、それまでに他所を攻めてたのかとかも、俺には全然分からないけれどもが。
そんな雑談を交えつつ、暗いトンネルを進んでいた俺たちは、いくつかの隔壁を開けて広い空間に出る。
ここも案の定非常灯だけの暗がりで、ライトの届いた壁との距離を測って広さを予測するしか無いんだけれども。
「これ、エキドナ一隻なら余裕で入れそうじゃあないか?」
ルーナが言うとおり、巡らせたライトから推測できた部屋の広さはとんでもないのだ。
こんなだだっ広い空間で、いったい何を? いやまあ、デモドリフトの幹部みたいな鉄巨人にとっては多少サイズ感も違うんだろうけれども。
「お、ありゃなんだ?」
ライトにぶつかってルーナの目に止まったのは、壁のレリーフだ。壁の端が盛り上がり、中央に向けて窪ませるような形になっている。このサイズ感からして多分壁一つまるごと使ってるんじゃ無いだろうか。
何かの装置かも知れない。そう思って近づきながらざっと照らして見てみれば予想通り。これは壁を……というか部屋をまるごと一つ使った装置だ。
「これ、転移装置だ……」
ブリードの記憶が教えてくれた情報によれば、これこそが敵の侵略計画の要となる装置なのだと。




