48:門の向こう
「こ、ここは……? アタシら、たしかレッドプールの野郎が開いたゲートに飛び込んで……」
転移と、それと合わせての爆発。そのショックを振りほどくように、ルーナが俺の中で頭を振る。
そしてシパシパとまぶたを上げ下げして見たモニターの光景に、ギョッと目を見開く。
「な、なんじゃあ、こりゃあ……!?」
彼女がそう叫ぶのも無理はない。何せ俺の目を通して見ている光景は無限の星空なんだから。
「ど、どういうこった? 夜の土地、じゃない。上にも下にも陸地が無い? って、リード? お前まさかまだ寝てんのか?」
混乱しながらも現在地を把握しようとしていたルーナの思い出したような呼びかけに、俺は機体のコンディションと、意識を無くしちゃいないことをメッセージで伝える。
「起きてんなら声くらいかけりゃあ良いってのに! で、機体のコンディションは……さすがアタシのイクスブリード。なんともないぜ」
なんのかんのと文句を良いながらも、大爆発を背後にしてコンディションオールグリーンな機体には自慢げな笑みを見せる。が、それも俺が周辺環境を伝えるや、凍りつく。
「は? 酸素……ってか空気無し? おまけに重力もほぼゼロ? ど、どうなってんだこりゃ……宇宙? 星の上空……ってか外にある空間……って、ハァッ!?」
それはそうもなる。俺だってブリードが頭の中に寄越して来た話が無かったなら、空のその上にある空間なんて考えもしなかった。
ブリード……っていうかデモドリフトか? とにかく、この機械生命体の暴君とレジスタンスの戦いが残した遺物で、俺たちは一足飛びに技術力を手に入れてしまった。だからか、技術力と概念にちぐはぐさが出てるんだと。俺たち……というか門武守機甲の技術力なら、そのために使えば星を飛び出す事も不可能じゃない、らしいんだけれども。具体的にはエキドナに大気圏離脱用ロケット、とやらを着けるとか。
「はぁ……宇宙、ねえ? ってことは何? アタシら最初に宇宙を経験した門武守機甲メンバーって事になるのかね? なんか、海底のひどく深いとこに似てるような、そうでもないような……」
そうなるのかな? 俺たちの世界に闇に葬られた宇宙開発記録。なんてものが無ければ、だけれども。
どこか落ち着かない様子でいるルーナだけれども、いつまでも漂っているわけにもいかない。俺たちには戻らなきゃならない場所があるんだから。
「そりゃあそうだ。まったくヤツらが武器構えたとこに飛び込む羽目になるかもーとは考えてたけど、まさかこんな宇宙空間なんてのを挟んでたとはね」
言いながらルーナは不慣れなりに漂うままに浮かんでいた姿勢を整える。その直後に目を見開くや、左腕を構える。
盾に出した大腕に衝撃がぶつかる。
強化装甲を叩く程度ではあるが、その威力に機体そのものが押し流されてしまう。
空間機動用のスラスターを噴かしてバランスコントロール。続いて飛んで来た光を避け、かわした先に置かれていた光弾を右で受ける。
「クッソやりにくいッ!」
ルーナはそう言いながらも、押し込んでくる衝撃にスラスターを合わせて踏ん張って見せる。そしてすぐさまに光の飛んでくる方向へ向けて足を一打ちに突っ込む。
シーイクスの艦首部でもある両腕を盾にビームの中を突き進めば、程なく狙撃手の姿が露になる。
暗黒の虚空に浮かぶ機械の塊。島のようなサイズのそれから伸びたいくつか伸びた突起たち。その影から砲身を突き出した機械兵だ。
「デモドリフトのヤツ……レッドプールの置き土産ってヤツかい!」
ゲートを潜る直前まで戦っていたレッドプール。その姿が見えないって事はそう言うことなんだろう。
どちらにせよ、狙撃手にやりたい放題させるワケにはいかない。ルーナを生かして帰さなきゃならないし、俺自身だってこんなとこでやられたくはないからな。
上下感覚をくれる一定の重力。いつものそれが無い空間での機動に戸惑いながらも、ルーナは迎撃弾を弾き飛ばしてアンカーショット! スナイパーの取りついた機械の島に俺を繋ぐ。
「最初の一発で仕留め損なったのが運の尽きだっての!!」
アンカーの巻き上げも加えた加速で続くビームを回避。そこから機械島の表面をなぞるようにしてスナイパーへ。
当然この俺たちの突撃に応射が飛んでくる。が、リチャージも半ばなエネルギー弾ではな!
「そんなおふざけで許せるかってぇのッ!!」
足止めにもならないビームを弾き飛ばして、俺たちの機体は狙撃手をも障害物ごとに撥ね飛ばす。
根本からひしゃげ折れた突起と、ぐしゃぐしゃに潰れたスナイパータイプ。
それらがこの虚空の機械島から離れて爆散したのを見送って、ルーナは軽く鼻を鳴らす。
「ハンッ! この程度で仕留められるだなんて、なめた事考えてくれたもんだッ! お初の宇宙ってフィールドの方がよっぽどだったっての」
ルーナが言う通り、アレでは戦力としては足止めが精々だ。むしろ俺たちに宇宙空間での戦闘経験をプレゼントしてくれたようなもんだろう。
どうにも腑に落ちないモノを感じながら、俺は次の襲撃や罠の起動に備えて、センサー感度を上げる。……と言っても人魚型のシーはソナー系がメインになってるから、真空だって言う宇宙では目を凝らす程度の事しか出来てないんだが。まあその辺りはさっきも狙撃に対応したルーナの目配りに頼るしかないか。役立てないのは辛いのだが。
「しかし……足掛かりにたどり着けたのは良かったが、どうやって帰ったモンかね、こりゃ。ユーレカのある世界っぽいのが見えないんだけど?」
そうなんだよな。目を凝らして辺りを見回してるけれど、あるのは暗闇と遠くの光ばっかりで、海の色がまるで見えない。ブリードのくれる知識によれば、青い星が近くに見えるはずなのに。
つまりここは、俺たちの世界の上空じゃあないって事になる。
「アイツらデモドリフトの使ってるゲートだもんなぁ……どこに繋がってるかなんて分かったモンじゃないか」
ゲンナリとした調子で、ルーナはやらかしたと、頭を押さえる。が、あのままでも大爆発のど真ん中だっただろうし、どうしようもないところだろう。
そんなフォローに、ルーナは「ありがとよ」だなんて笑い返して、頭を切り換えろって自分の頬を軽く打つ。
しかしそうか。俺たちの通ったのはデモドリフトのゲート……まあ、ゲートを開けるのはヤツらしかいないのだけれども……と言うことはここがデモドリフトの本拠地、ないしはそこに近い拠点である可能性もある。
「なーるほど。あり得ない話じゃない。そのつもりで動いても損は無さそうだ」
ルーナからも賛成が出たということで、頼るのならブリードの知識になる。
俺の頭、体全体で繋がったブリードの知識、記憶にアクセス。
見える星の配置。ただいま取り付いてる宇宙の機械島から読み取れる情報。それらをブリードに投げて返事を待つ。
そして返ってきたのはここはブリードの故郷に程近い可能性があるらしいとの事だ。
「そんなかもしれないかもしれないって……曖昧で気に入らない返事じゃないか」
ルーナが不満げに口を尖らせるが、どうしようもないんだ。
だいたい1200年ぶりのブランクがあって、その間のずれも考えると、断言しづらいものがあるさ。
でも気になるのはこの衛星って言うのか? これの軌道から見える星のだいたいの配置はあってる……っていうか予測の範囲内にあるんだけど、妙な暗闇っていうか、空白でごっそり削れてるせいで不一致が出来てるんだよな。
「……いや待ったリード……アレ、暗闇じゃあない……何かあるぞ?」
ルーナに言われて光学センサーの感度をマックスに暗闇を見てみたら、言われた通りに何かがある。
アレはおそらく、この衛星よりもずっと大きな機械の塊……ブリードがかつていた……鋼鉄暴君に支配された惑星デモドリフトだ。




