47:巣穴に飛び込んでこそ得られるものがある
「ルーナ!? 来てくれたか! でも、どうやってッ!?」
「どうやってって、アレだよ。アレ使ったのさ。こないだにエキドナに追加されてたヤツ」
ルーナがアレだというのはレッドプールの使う飛行要塞に突っ込んだ金属塊だ。
こうすれば速くなるだろ、なんて言わんばかりに針山みたいにブースターを取り付けたそれには確かに見覚えがある。
オーバードブーストロケット。
内部にイクスビークルサイズまでのユニット一機、イクスブリード状態なら実質二機を格納。電磁レールカタパルトに乗せて射出した上で、燃料を一気に消耗する大出力ロケットでもって加速する、外装付きの使い捨て外付けブースターユニットだ。
単独で遠方へ急行するのにこれ以上は無い装備ではある。あるのだが……なんと言うか、ザ・力業と称されるような、負荷もコストも度外視の装備だ。
そんな装備で駆けつけてくれたルーナに、ファルは不安げな目を向ける。
「……大丈夫なのか?」
「あ? まあ確かにキツかったはキツかったが、そんなバテバテヘロヘロなお前さんよりはマシな状態さね」
「……厳しいな、後は頼めるか?」
「任せときな。アンタはせいぜいへばって落っこちないように飛ぶんだね」
心配をバッサリと切り返されたファルは苦笑混じりに分離の操作を。これに従って排出された俺は空中で人型へ変形。ルーナの伸ばしたアンカーに掴まる。
この動きにはもちろんデモドリフトのトルーパーがさせじと突っ込んでくる。が、俺は焦らずに引き上げられた勢いで飛び上がって再びカーモードへ。シーイクスの開いたジョイントへ飛び込む。
「来た来たキタァアッ!!」
闘志に溢れたルーナが、枷を振りほどくように体を開けば、溢れる光に沿ってシーイクスのボディが分割、変形。巨大な腕を備えた鋼の人魚となる。
変形の勢い任せに振るった豪腕は、合体阻止に殺到していたトルーパーらをなぎ払う。が、一方的に吹き飛ぶはずの飛行型たちは逆に渦に絡まれた流木のように俺たちの元へ。
仕掛けと言うほどのモノでもない。ルーナが機体を振り回すのと合わせて伸ばしていたアンカーに奴らが絡まっただけだ。
「ほれ! さっさと行きな!」
「ありがとう、助かった!」
敵を絡めとるままにファルの退路をもこじ開けたルーナは、アンカーの先で塊になった敵機を放り投げる。
もちろんその先はレッドプールの飛行要塞で、その対空砲火に焼かれ削られながらも、艦載機の塊は要塞にたどり着くのだった。
「そらそらそら! どうしたどうしたぁ!?」
もちろん、この一撃で沈む柔な要塞ならファルも苦労はしていない。反撃だとばかりに吐き出され続ける特攻機をアンカーに引っ掻けては投げつけていく。
それらの大半は時間と対空砲に阻まれて爆発してしまう。が、それでもいくらかは投擲弾としてレッドプール要塞を傾かせる。
その隙をついてルーナはじわじわと要塞との距離を詰めていく。
「ぐ、これ以上に近づけさせるか!」
「ハッ! 視野が狭いんだよデカブツが! このノロマッ!!」
機体の一部を変形させて突き出された衝角。それをルーナは足から体をうねらせて回避。それと同時にアンカーも飛ばす。
置き土産のアンカーが食いついた事で、イクスブリード・シーである俺にガクンと重みが。
イクスブリードには確かにパワーがある。だが質量差は圧倒的だ。階級違いというレベルではない。
「あーらよっと!」
だがルーナは押し流すような力にさえ笑みを浮かべて身を翻す。
その動きは激流を生み出す塊に逆らわず、しかしわずかにその行き先を変える。地面に向けて。
「グオオオオオッ!?!」
急角度に墜落したレッドプール要塞は、その質量のために爆発的な衝撃を生み出す。
その波は叩きつけられた地面はもちろん、レッドプールの収まった内部をもかき回す。
「ハッ! デカブツばっかを寄越すから、こっちとしちゃ慣れっこさね!」
自重を掛け合わせた墜落ダメージにどうにか形を保とうとするレッドプール要塞を、ルーナは鼻で笑い飛ばす。
しかし慣れっこだと言うは簡単だが、この質量、出力差で投げ落とすのは並大抵の事ではない。この辺り、さすがユーレカ海戦隊のエースの技量という他無い。
俺がそんな内心で舌を巻いていると、ルーナはレーザー機銃を立ち上げつつある要塞に再びのアンカー。
これに空中要塞内部からは嘲笑が上がる。
「いくらこっちにダメージがあって、そちらにパワーがあろうが、ここから投げれるものか!?」
「オイオイ、アタシが投げ技の一芸特化だって? ソイツは心外だ、ねェ!」
無謀な事を。と、狙いを定めようとする敵に対して、ルーナはアンカーを巻き取り、急加速に突っ込む。
放たれたレーザーを置き去りに、俺は巻き取りと推進力を重ね合わせた勢いを高めるまま、巨大な鉄腕を前にしてぶちかましを。
「体当たりと来た!?」
深海の水圧にさえ易々と耐えるイクスブリード・シーのボディ。その強固なボディは突進の勢い任せにゴリゴリとレッドプール要塞を掘り進んで行く。
「うおおッ!? だが鳥型よりも遅い二番煎じだったらなぁ!?」
こんなレッドプールの一言と共に、急激に俺たちの掘削の勢いが落ちる。
いや、俺たちが勢いを無くした訳じゃない。回りの機械が一気に密度を上げて圧をかけてきたんだ。それはまさに、吸血してきた虫の吻を力んで捕らえてしまうように。
「チョイとリード? ソイツはチト自虐が過ぎる喩えじゃあないかい?」
ギリギリと装甲にかかる圧が増していく中、ルーナはギザ歯を剥いた笑みで俺の状況判断を言い過ぎだと。
彼我のイズからすればそうそう間違いでも無いと思うのだが。しかし力にはそれほどの差は無いのも確かに。何せこちらは――
「こんな圧力程度で止められるほどやわじゃあ無いんだよ!!」
ルーナは気合の叫びを一つ、突撃のために握り合わせて突き出していた両腕を強引に振りほどく。当然その動きをトレースした俺は、機体をみっちりと締め上げてくる機械らを押し退けて見せる。
そのまま無理矢理に広げた空間の中で右腕を振るい、正面方向を殴り破る。さらに左、右左……と連打して前から迫る壁の圧力を跳ね返して前へ。この様は小魚の群を食らい進んでいるかのよう。
確かにシーにスカイ程のスピードは無い。だが耐久力とパワーの面では逆だ。同じ突撃ぶちかましと見て、同じに止められると考えたら大間違いだ。
「オラオラオラオラオラッ!!」
「がッ!? クソ、調子に乗ってッ!!」
オーバーボディ内部を苦もなく進む俺たちに、レッドプールは苦々しげに吐き捨てる。
また妨害かと構える俺だが、コックピットのルーナは壁を砕く腕を緩める事無く、しかしすでに周囲の様子に目を配っている。見た目も口も荒っぽく見えて、こういうところは流石だよな。
そんな風に思っていたら、機体背部で壁が爆発。どうやら自爆覚悟で武装をゼロ距離起動させたか。
「そんなもんかい! ガッカリさせんなよッ!!」
だが、バリアの出力は上げておいた。スカイよりも強固なイクスブリード・シーの機体は、この程度では小揺るぎもしないぞ!
そうして俺たちは何度と無く機体を叩く爆発を無視。正面の反応に向けて要塞を破り続ける。
その進撃は、やがてその前にスカイで通り過ぎたレッドプールの収まった空間に届く。
「幹部首もらったぁあッ!!」
「クッソ!? なんて奴ら!!」
殴りかかるルーナに、レッドプールは下半身と繋がったオーバーボディを離脱。背後に展開したゲートに倒れるようにして飛び入り。
「逃がすかぁああッ!!」
対するルーナは閉じ始めたゲートに、追撃の拳から飛び込むのだった。




