46:死力を乗せた翼
迫り来る光。
展開して柔軟にしなる尾翼を焼き焦がそうと追いかけてくるそれを引き連れながら俺は羽ばたく。
この突撃で前方の飛行型トルーパーを翼と爪とで撃破。その爆風で追尾レーザーも散らす。だが……。
「ハァ……ッ! まだまだッ!」
俺の中のファルの顔色は良くない。軽減する機構は働いているが、それでもイクスブリード・スカイの全力では生身で飛ぶのとは比較にならない加速負荷がかかる。それもレーザーに追われて急旋回の数も何度となく重ねている。これ以上は俺よりもファルの方が先に消耗しきってしまうぞ。
「心配してくれてありがとう。だがまだだ……! まだやれるさ! まだやらなくてはッ!!」
だが俺の警告メッセージにも、ファルは短い感謝を告げるだけで再度羽ばたいて鳥人型の俺を加速させる。その直後に俺たちがいた空間をミサイルが通過、弧を描いて俺たちを追いかける追尾軌道へ。
たしかにそうだ。殿役を引き受けた以上は、味方の離脱まで敵の足を鈍らせないといけない。だが単独でだ。ユーレカの空戦隊エースの腕前とイクスブリードの性能。これを揃えても、デモドリフトの飛行基地と、それが吐き出す無尽蔵とも思える空戦機を相手取っていつまでもやれるもんじゃないって。
「だが、息を入れる間を作らなくては……これ以上の時間稼ぎすらも出来ないぞ!」
「それは、そうだが!」
ファルが苦しげに答えるのに、俺は追い詰められている事を思い知らされる。
無理をするつもりは……させるつもりだけは無かった! なのに! ここへ来て敵を見つけてから撤退に移るまでに飛ばしたのが効いてきている!
俺のミスだ。もっと早く撤退を。もっと上手いパワー配分を勧められていたらこんなことには……こうなったらせめて、ファルだけは守らなくては。
「当たったッ!? いやかすめただけ……いや、やっぱり……リードッ!?」
衝撃の割に弱いダメージ。これにファルは戸惑ったみたいだけど、すぐにそのからくりに気づいたか。
からくり、と言ってもなんの事はない。俺がバリアを強化しただけ。機体表面を覆い補強する従来のレベルでなく、機体の周囲の空間に防護障壁が生じる程に。
これで機体そのものへの損傷はほぼゼロにまで押さえられる。エネルギーを発生させている俺自身、特にブリード周りの負荷は有るにはあるけれども。
ファルが気づいたのは、もちろんそこのところにもだ。
「無茶だ! むちゃくちゃが過ぎる! こんなパワーの使い方をしたら!」
しかし直撃するよりは良い。機体そのものを抉られ、貫かれてファルのいるコックピット、後はブリードが破損するよりはよっぽど。それらの最悪に比べたらば、多少の負担がある程度がなんだと言うのか。
「それは! そうだが……しかし!」
こうして問答している間も、ファルは必死に翼と足を振り回して回避運動をし続けている。が、それでも密度を増す弾幕の中では被弾は避けられない。
それをバリアで強引に突き破る形になって、リミッターを越えた出力が俺の心臓部を加熱させる。が、死ななければ安い!
「クッ……せめて、せめてこれ以上に負荷を重ねるワケには!」
そんな俺の心と弾幕に取り囲まれた現状に、ファルも流れが変わるまで粘り続ける方向に覚悟を決めたのか、回避に専念してくれるように。
「やれやれ、装甲の弱い飛行型だってのによくもまあ。やっぱりコイツらしぶといな……」
そんな俺たちの粘りにレッドプールからは呆れ半分称賛半分と言った声が。それとほぼ同時に真横から突っ込んでくるのが!
これにバリアを固めた俺に対し、ファルは翼をひねってローリング。爪を突っ込んできた機体の鼻先に引っ掛け、勢いのままに投げ飛ばす。
爪を離れるや否やに爆散する敵機。こっちを燃やし尽くすような勢いで爆ぜ広がる炎に、強くバリアを纏っていた俺の機体が押し流される。
「自爆特攻機ッ!?」
コックピットのファルもまた、このトルーパーそのものをミサイル扱いにした攻撃とこの威力に顔をしかめるものの、その余波に逆らわずに追い風と利用して横滑りに。
しかしその先を狙って、待ち構えるように特攻機が迫る。
「自爆するのだと分かっていればッ!!」
宙返りに機首部に蹴り入れ、さっきと同じ要領で放り投げる。
これが挟み込むように追いすがって来ていた特攻機を巻き込む形で爆発。誘爆して連なった爆炎がまるで壁のように空を埋める。
しかし命じられるままに動く事しか知らない自爆機は、爆発に飲まれるのにも構わずにこちらを取り囲むように殺到してくる。
「恐れる心さえ持っていないヤツに……!」
対してファルは吐き捨てるようにつぶやき、翼を操って手当たり次第に自爆トルーパーを蹴り投げる。
蹴飛ばしたのを踏み台にするようにして宙返りに、蹴っては投げ蹴っては投げ。その都度に弾ける炎と風が揉み合う中を時に翼を広げ、時には折り畳み、昇り降りに宙を舞う。
その挙動を成すファルの姿は、まさに火を纏って死を生に転じる不死鳥そのものだ。
「オイオイ……マジかよ。俺が出した特攻野郎どもをさばき続けるとか、んなムチャクチャな……」
このファルの見事な挙動にはレッドプールも絶句する。が、当の翼持つ空の踊り子は深い集中の中で、この称賛は届いていないのだが。
自分もこの踊り子の衣装役として、羽先の震え一つ溢さぬように拾い上げなくては。
だが、そんな心を無にしたかのような奇跡の機動にも……いや、それほどの仕上がりだからこそ終わりは程なく訪れる。
「クッ!?」
爪の外れるタイミングのわずかな遅れ。そんな些細なほころびが、機体を爆炎の只中に残してしまう。足、背、羽根、頭。強化した守りの中にあってさえ、どこがどの順で衝撃を受けたか分からぬ程の爆発の連続。アラートで真っ赤に染まったコックピットの中、ファルは縦横無尽にもみくちゃにしてくる衝撃に歯を食い縛って堪える。
やがて一際大きな爆発に押し出される形で、俺はファルを抱えながら破壊の塊を飛び出す。
「まぁそうなるよな。生物の爆発力ってのが起こすパワーなんだから息切れを起こさないワケがねえんだもんな」
煙で空に軌跡を描きながら飛ぶ俺たちの姿を眺めて、レッドプールは落胆したような、安心したような言葉を溢して、艦載機である自爆トルーパーを寄越してくる。
トドメだって事、か。だが、粘りに専念していたのは俺たち二人がかりで、なんだぞ?
「甘く見るなよッ!!」
ファルが気合を一つ。ローリングに姿勢制御したのに合わせてスラスターを全開。爆発寸前に殺到していた特攻トルーパーどもを、切り裂き置き去りにする。
「お、おお!? まだそんなパワーがある?! 残してる!?」
背後に爆発を背負って加速する俺たちに、レッドプールはたまらず動転の声を。
そりゃあこれくらいの事ができるくらいにはコンディションをキープしてるさ。俺がバカみたいにガードを固めて、爆発の中でのダメージを最小限度に抑えたんだからな。もっとも、ファルの神がかった機体コントロールがなきゃ、早々とキャパオーバーでドカンだっただろうけどな。
「だが……それでもここまでか」
か細く疲れの滲み出たコックピットからのつぶやきに続き、翼を覆うマイクロスラスターからのエネルギーがスンッと絶える。
普通じゃ保たないまで保たせはした。が、それも無理を通して道理を引っ込めたもの。パイロットのファルの集中も、機体の側ももう限界だ。
「まったく。驚かせてくれやがる。だが、ここまで届かないんじゃな」
「いいや? しっかりと届いたんだが?」
「は? そいつはどういう……」
レッドプールの疑問を遮って、ヤツの動かす空中要塞に機械の塊が叩きつけられる。
そのあまりにも豪快な一撃に呆気にとられていると、俺の機体に食いつくものが。
「……ったく、捨て身のムチャやって叱られてるってのにコイツらは……ファルもファルで一緒くたにやってどうするよ」
「すまないルーナ。だが、死なないためにはやるしかなかったからな」
それはシーイクスが投げ技にも用いるアンカーだった。




