4:大きなケンタウロス娘さん
施設の揺れた騒ぎから俺は逃げ出した。
けれど、いくらか走ったところで荒れた息を整えながら歩くことになってしまった。
整備用のエリアだけで移動に車使うような広さなんだから当たり前だけれど。
「……ここ、どこなんだよ」
当然入ったことも無い場所で、おんなじような景色の中だから、元居た場所がどっちなのか見当もつかなくなってる。
おまけに皆がバタバタしてる騒ぎのどさくさ紛れに走り出したから、副長官さんに捕まる事もなくて、完全に迷子になってしまった。
もうじたばたしたところでにっちもさっちもいかない。そんな開き直りの気分で、俺は適当な壁に寄りかかって腰を下ろす。
それで疲れに任せてうつむいたら、白いものが目の前にちらつく。
「ホントに俺、どうなっちまったんだよ」
いつの間にかとんでもないとこに担ぎ込まれてたり、調べた覚えも無いことが、言うかどうか決める前にべらべら口から出てきたり。
そんなワケが分からない自分になってしまったシンボルみたいな一房白髪に、気分がどんよりと沈んでいく。
「おや? キミは確か先日保護した人だよね」
突然にかけられたハキハキした女性の声に顔を上げたら、淡い栗毛に蹄の四本脚が正面に。
蹄周りをふさふさの金毛で飾ったそれから上に辿れば、俺を見下ろした金髪のケンタウロス女性の姿が。
「無事目を覚ましたようでよかった。戦闘に巻き込まれた人を保護する事はよくあるけれど、回復した姿を見られるのは安心するからね」
「そ、それは……どうも、心配をかけまして……」
彼女は言いながらその場でたくましく引き締まった脚を畳んで腰を下ろすと、にこやかに微笑んでくれる。
流れるままに任せた長い金髪。それに縁取られたこのキレイな笑みに、俺は強張った顔でうなづくしかできなくて。
こんな俺の情けなさにもケンタウロスの彼女は笑顔を深くしてくれる。
「ハハハ。そんなにかしこまらなくていいよ。驚異から人を守り、助けるのが私たち門武守機甲の仕事だからね!」
そう豊かな胸を堂々と張る姿はまぶしいくらいで。この暖かさに俺の戸惑いに強張った心が少しばかり解れる。
「申し遅れた。私は門武守機甲陸戦隊。ランドイクス登場者、クリスエスポワールだ」
「ど、どうも。俺はリードって言います」
自己紹介といっしょに差し出された手を反射的に握って応えたら、クリスエスポワールさんは嬉しそうに握手した腕を上下に揺する。
「丁寧にありがとう、リードくん。しかしこんなところで座り込んでいるところから察するに、迷ってしまったかな?」
「まあ、恥ずかしい話ながらその通りで……あの、俺が保護された時に乗ってた車の事でって副長官さんに連れて来られたんですが、ね」
「さっきの騒動からなんやかんだで。といったところかな?」
災難だったねとうなづくクリスエスポワールさんに、俺は曖昧な笑みで返す。
「私も愛機周りで何か無いか確認をと呼び出されたところでね。まあでも、キミをほったらかしてもおけない。医務室まで案内しよう」
そんな俺の様子からどう思ったのか、クリスエスポワールさんはぐいと俺を引っ張り立たせてくれる。
「いやそんな、用事もあるのに悪いですよ」
「いやいや。病み上がりのキミを放り出して行く方が忍びない。私の側はひと言断って置けば問題ないよ。それでライエさんに伝わって指示もあるかも知れないし」
「いやいやいや……」
「いやいやいやいや……」
遠慮する俺と、そうはいかないとクリスエスポワールさんの間で綱引きになる。
この埒の開かないやり取りに、やがて彼女が吹き出す。
「まあここは折れて案内させてくれないか? 私の満足のためとでも思って」
そこまで言わせてしまってはうなづくしかない。というか、逆にムダな時間を取らせてしまった事が申し訳ない。
そんな俺の反応に、クリスエスポワールさんは気にしないでくれと朗らかに。
そして副長官さんへのメッセージと一緒に手配してくれた電動立ち乗り二輪車を借りて、蹄の音を高らかに進みだす彼女の金の尾を追いかける。
ケンタウロスさんが親切にも道案内してくれるからと言って、「ありがとう、では背中に失礼」とやるのは良くない。彼ら彼女らにとって、二ノ背に乗せるというのは深い信頼を預けた相手に限る行為なのだから。
仮に性質やら風習やらの諸々が違ったとして、初対面の相手に「お前を踏み台にする」と言われていい気のする者はまずいないだろう。そういうことだ。
「何がどうしてああなったのかはともかく、大変だったねリードくん」
「ああ、はい。俺も、正直よく覚えてないっていうか、どうしてああなったか、全然分かってないんですけれど……」
「無理もないよ。私だってはじめての出撃の時は無我夢中で、どうやって帰って来たのかも分かって無かったよ」
マナー周りの事を考えながら着いていく俺に、クリスエスポワールさんは仕方の無いことだとフォローを入れてくれる。
その事にお礼を言ったなら、彼女はまたなんのなんのとおおらかに受けてくれる。
「それでクリスエスポワールさん……」
「ああ、毎回名前全部で呼ぶのも長いだろう? 見たところ歳も離れてないだろうし、クリスで構わないよ?」
「あ、うん。じゃあクリス、俺が保護された時の詳しいことって教えてもらえるかな? 変形した車で気絶してた画像は見せてもらったけれど、他のことは聞かされて無くて」
「うぅん……どう話したものかな」
「ああいや、機密とかあるだろうし、話せる範囲で、全然。一緒にいた家族のこととかだけでも……」
俺にどう答えようと考えていたクリスは、この例に振り向いていた顔を前に向ける。
その一瞬、痛々しく歪んだ彼女の横顔に、俺は目覚める直前に見た三つの血しぶきの夢を思い出す。
「思い出して……しまった、かな?」
弾みで電動二輪を止めた俺に、クリスは哀しそうな目で振り返る。
それはパーシモン先生の時とそっくりで。
ああ、やっぱりそうなのか。
父さん、母さん、エルク兄さん……みんな、三人とも死んでしまって、俺だけが生き残ってしまったんだ。
俺なんかだけが。
「……私たちが駆けつけるのが、もっと早ければ結果は違ったのかも知れないが……申し訳ない」
「いやクリスの、門武守機甲のせいじゃ……あの状況なら、暴れだすその前に先回りして駆けつけていないと……」
そうだ。クリスたちのせいで間に合わなかったワケじゃない。
ボロの機械兵が暴れだしたその第一発で、俺の家族は乗ってた車ごとに吹き飛んだんだから。
そうだ。たまたま合流が遅れた俺の目の前で、飛んできた火の玉がぶつかって、弾けて。それで俺も体がズタズタになって……いや、おかしいぞ。ならなんで俺は無傷なんだ? あの痛みも、炙られているのに芯から冷えていく感覚も確かにあった。思い出した。なのに、俺はどうして?
ああ、手足も折れ曲がってて、胸には車の破片も突き刺さって倒れてる。
こんなどうやっても助からなさそうな俺を、私の伸ばした鋼の指が覆って光が……って、なんだ今の? どうして俺は外から俺の様子を見て、それを覚えてるんだ!?
しかもあんな、まるで鉄の巨人から見たような視点で、なんで?
「だ、大丈夫だ! いや、ご家族に不幸があった上で大丈夫だというのも変だが、私たち門武守機甲は保護した人々を回復するなりに放り出すような事はしない!」
そんな俺の思考を遮ったのはクリスからの必死な声だ。
「そうだ! 行く当てが無いのならここで暮らせばいい。人手は足りていないから、人材は歓迎だぞ? いきなり言われても何ができる……と思うかも知れないが、出来ることは無理せず、少しずつにでも身に付けて行けば良いのだから! 一人でいるよりはずっと良い!」
これは、俺がこの先の事で途方に暮れていると思って励ましてくれているのか。
本当にクリスは、まぶしい人だ。
そんな俺たちへ、騒々しい音が叩きつけられる。
「そんな、敵襲ッ!?」