38:さあ奪還に行こう!
門武守機甲による三都市奪還作戦。
俺たちユーレカ基地のイクスブリードチームと母艦エキドナを主軸に据えたその作戦は、第一段階であるドラード奪還の開始を目前に控えていた。
そして俺を含めた作戦参加メンバーは、高い太陽の下ズラリと並んだ母艦たちを前にして集められていた。
「これでようやく防衛から解放されるってワケか!」
「港のある都市から海中用のもガンガン来てたからな。お疲れルーナ」
疲労を絞り出すように体を伸ばしていたルーナを始めとして、見る限り大作戦を前にしても解放感の勝つ人がほとんどのようだ。特にドラードの生き残りから参戦する人たちはその気合いが炎となって見えるようだ。いや、実際に火の息にして吐いている人もいるけれども。
実質壮行会のようなものだから、気力の漲ってる様が見えるのは結構な事だろう。
「ハンッ! その海に陸に空にと引っ張りだこだったアンタが言うかね? 嫌味のつもりなら気が利いてないよ?」
「そんなつもりは無いって。引っ張りだこったって、俺がやってたのはイクスブリードになってること位だったし。実際操縦してる三人のが大変だろ?」
胸に拳を押し当ててくるルーナに手を上げながら言う俺だが、実際にその通りだろう。
たしかに合体してればスタミナだって持ってかれるし、戦いだってボケッと動かされるままってワケでもない。
それでも俺はその分のインターバルは貰えてるし、戦ってる間はヒビリの虫も治まってくれるからな。クリスたち三人程には負担にはなってない。イクスブリードのパーツをやる位でしか役に立たない俺なんだから、それくらいはちゃんとやんなきゃだろ。
「そういう問題じゃ無いんだってのに、コイツは……これくらいのジョークならジョークだと流せるようになっただけマシだと思うべきなのかね……」
そう思っての俺の言葉だけれど、ルーナはしかめ面でため息を吐く。イラつかせた……と言うよりは、また呆れさせてしまったみたいだ。
これはどうにかするべきか。と思っていると、馬蹄と羽ばたきの音が近づいてくる。
「戦いに加わり続けてたのは事実なんだから、そう卑下する事は無いさ。ルーナも、リードくんが私たちと変わらないか、それ以上にお疲れだろうに、と言いたいだけなんだから」
「実際、集中が一点に行き過ぎた時にはリードの警告とフォローがあって助かったし」
「そ、そう? そりゃあまあ、みんなが前みて操縦してるんだから、俺が横や後ろ見とかないとってさ」
「それをやってくれるって信頼してるから、私たちも前に集中できるってモノじゃないか」
彼女らが上から被さってくるのに、俺は半分捕まったような形になって動けなくされてしまった。
俺としては、それくらいしか出来ないんだから、いっぱいいっぱいになりながらやってるだけなんだけれども。
こんなに言われたら、俺がもっとやれるんじゃないかなんて、勘違いしてしまうじゃないか。
「うむ……まだ自信の無さが見えるな」
「まったく、何十年モノの油汚れよりもしつこいこびりつきだ」
「年齢イコールの期間刷り込まれてるんだから、その通りじゃね?」
ブリードと融合してからこっち、合体するなりなんなりとでずっと力を合わせてきた三人の言ってくれる事だ。
この三人が信じてくれる気持ちは信じても良いんじゃないだろうか。
俺がそんな風に思えたところで、母艦前の壇上に狼耳の女巨人が現れる。
その股下に同じく毛深い耳を横に広げた女性の立つそれは、巨人ではなくライエ副長官の立体映像だった。
「三都市奪還作戦、旗艦エキドナの艦長を務めるユーレカ基地副長官のライエであります。背負う事になったこの大任に身が引き締まる思いです」
マイクを片手に立つ彼女は落ち着いた声で作戦参加メンバーに語りかけていく。
「先に打ち合わせはしましたが今一度。まずはドラードに巣くった敵勢力に向け、我がエキドナと艦載のオリジナルマシンチームを先鋒として突撃し、敵戦力を削減。このまま陽動とします」
そうしてデモドリフトどもの主力を引き付けた上で、別動隊で拠点を破壊する。と、こういう作戦だ。
これまでデモドリフト相手に撃退を成功させている俺たちユーレカの戦力。それには敵も注目してるだろう。
「それで、アタシらがド派手に立ち回らなくちゃならないってワケでね」
「当てにされてる、ということだな。この信には応えねば……そう思うと身震いがしてくるな!」
「その分危険な役目ではあるけれどね」
「イクスブリードの力と私たちの腕前を見込まれてのモノさ。名誉じゃあないか」
「リード……うまく手綱さばいてやってな?」
「どっちかって言うと、俺がクリスの足さばきに合わせて動いてるんだけど?」
まあ危ないと思ったならやるだけやるけども。クリスだってそんないくらなんでもむやみやたらな、命よりも名誉を取るような吶喊なんかはしないだろうし。
でもそんな状態に追い込まれないとも限らない。それが戦闘だし、俺たちが任されたポジションなんだよなー。
俺たちで敵の主力を釘付けにし続けて、味方の別動隊の成功まで保たせないといけない。
で、その別動隊はドラードの跡地を占領して、また奪い返されないように守り続けなくちゃならない。だから戦力を温存しなくちゃって、こっちに敵拠点を更地にする仕事まで回ってくることもあり得る。
それでこれが三都市奪還の一つ目。後にまだまだ活躍の場が控えてるって言うんだからな。
たしかにここで命かけてる場合じゃないって。
それにしても、ちょっと俺たちにかける期待が重すぎるんじゃないだろうか?
「……しかしユーレカの戦力の奮戦だけで奪還が成されたなどと評されて良いはずはありません。言うまでもありませんが、この戦いで真の要となるのは奪還に燃える皆の意思です! 仲間の、焼きつくされた町に消えた無念を晴らそうという意思なのです! そうでしょう!?」
だからライエ副長官は、別動隊の大半を占めた生存者組こそが真の主力だと士気を煽り立ててくれる。
これはクリスみたいな軍人家系出身には覿面だろう。
別動隊にもいっそうの気合が入ってくれたなら、陽動役の俺たちの負荷も軽くなるってもんだろ。
「さあ、門武守機甲の同胞たちよ! 奪われたドラード、ロンテア、ホウライを金属の塊の好きにさせていていいはずはありません! 必ずやあるべき形に取り戻しましょう! その第一段階、橋頭保ともなるドラードの奪還作戦に皆の力を注ぐのです!!」
よく通る張りの良い声での演説が締めくくられると、集まった参加メンバーから遠吠えを受けた群れの狼のように応じる鬨の声が上がる。
「おおおおおおおおッ!!」
ビリビリと空気を震わせる叫び声につられるように、クリスたちもまた怒涛の音の波に加わる。
俺を抱え込むような距離からも巻き起こった大声に、俺はたまらず耳を抑えてしまう。
けれど耳からだけじゃない、肌全体から叩き込まれるような気合の声に、俺の心胆にも熱いものが湧き上がってくる。
「はっはっは。いやあやるなあウチの副長官は。なあ、かっこいいお母さんだなリュカ君よ」
「はい! わおおーッ!!」
「レグルス長官!? こんなところに!?」
太くてのんきな声と幼いなりに威勢のいい遠吠えに振り向けば、そこには娘と部下の息子を左右の肩に乗せたウチのボスが。
「ん? 俺はああいうのは柄じゃないからなぁ。まあ優秀な女傑が自分から前に出てくれるから、似合わんことをせんでいいからな」
「もうパパってば! そんなんだからママに蹴っ飛ばされるのよ!」
娘のアルテルがプリプリと叱るのに、レグルス長官は構わずのんびりと笑い飛ばしている。
「……まあそんなワケで、気を入れるのもいいが、らしくいこうじゃあないか。らしくな?」
そんな一言と共に俺の胸に巨大な拳を押し当てて、レグルス長官はのっしのっしとこの場を後にするのだった。




