34:まだ次があるのだから
エキドナの艦内食堂。
行きでも休息をかねて詰めていたこの場所に、俺たちはまた集まっていた。
「まったく参ったよ。ああもう参った!」
やけっぱちに参ったと繰り返すのは、疲労回復用のドリンクを片手にテーブルに突っ伏したルーナだ。豊かな胸が重みで広がっているのに痛みは無いのかと思うが、酔っぱらったかのように管を巻く当人にはまるで気にした様子もない。
「ああ悔しいな。ここまで一方的にやられるとは……」
苛立ちを遠慮なしに吐き出すルーナにクリスもファルも同意を示す。鯱娘とは対象的に沈んだ声音である。が、それが努めてのものであるのは二人の握るカップがひしゃげてしまっている事からもよく分かる。
無理もない。このエキドナは今現在、壊滅させられたドラードに停泊して生存者捜索にあたっているんだ。
俺たちチーム・イクスブリードは主力として戦ったこともあって、早めの休息を命令されてここにいる。だが戦闘終了直後に敵味方の生き残りの捜索には参加してる。それで見たモノがモノだけに、な。
撃墜されて死体蹴りのように利用された空母。そこからまともに回収できたのが認識票くらいなもの。他のバトルビークルの残骸も似たようなものだった。
ただ、破壊された市街地には生き残った避難シェルターもあり、その中からは生存者を保護する事はできた。門武守機甲の面々や、生き残れなかったシェルターの中身を思うと、幸いと言ってしまうのは気が引けるんだが。
「ここでこれなら、同時に攻められてた二つはもっと……」
やっちまった。つい口に出しちまったけれど、もう遅い。より多くの犠牲が出ているだろう状況に、ルーナは抑えもせずに舌打ち。ファルも痛々しげにうつむいて、クリスも深く深く息を吐く。
戦ってきた限り、一番抜けてるクラッシュゲイトでこれだ。他の二都市がこれ以上の惨状にあるのは間違いない。そんな絶望をわざわざ突きつける事もなかったのに、俺ってヤツは……!
「ハーイハイ! どうにも出来ない事でクヨクヨしなーいの!!」
そこへビタンと尻尾を叩きつけて割り込んできたのは食堂スタッフのアリアさんだ。
シュルリと蛇の下半身を滑らせた彼女は俺たちの手にドリンクのおかわりをねじ込んでいく。
俺たちの今出来ることは、次に備えてコンディションを整える事。そう言いたいのだろうが、他に出来る事は無いと突きつけられているようでもあって、胸が締め付けられるような気になる。
「……そう、だな。こちらとしては全速力で駆けつけた上での結果、だから」
「敵のお見事な陽動と同時侵攻にしてやられたワケだしな。どうしようもないやな!」
「こうなるとまずは被害をこれ以上に広げない事。次に奪われたのを取り返す事になるな」
だが対するクリスたちはこのひと言だけで、素早く今とこれからに意識を向けなおす。
前向きに切り替えるその早さは俺にはまるでない。本当に三人とも、いや門武守機甲のみんなはすごい。
「いや。わたしの場合はあっちもこっちも考えられるほど器用じゃないだけだから」
「飛んだり駆け抜けたりするならば集中しなくては危ないからな」
「リードにだってやってもらわにゃならんことは山ほど出てくるだろうからな。なる早で頭切り替えてくれよ」
「ああ、そうだな。がんばるよ」
感心したことを口に出してしまえばこの返しだ。まったく、敵わないよ。
俺が使えるブリードの力。そのおかげで生まれるイクスブリードって戦力。それが俺がウジウジしてて弱っちまうような事にはしたくないからな。俺も前に集中しないと。
「で、メチャクチャにやられたドラードの跡地から生き残りを保護したとして、次はどの都市を助けに行くことになると思う?」
「ここからの距離ならホウライになるか? だが被害の状況が分からないからな」
「偵察は出すとして、アタシらまで行くかってなるとどうだろうね。同時に攻撃されたドラードがこの状態だ。ライエ副長官はユーレカまでやられないように固めてってのも考えるとは思うがね?」
「だが、脱出できたのがいないとも限らないぞ? それらが追われていると言うことも……」
前のめりになった三人娘の口々から出る見立てはどれも一理あるものだ。
取り返すにもまずはしっかり固まった自分達の足場、つまりはユーレカをキープする事が必要。しかし今ならまだ間に合うかも知れないところに命からがらに逃げ、今もなお追われているかも知れない者がいるかも知れないというのも否定は出来ない。そしてまたやみくもに救助に出る愚もまただ。
「ひとまずはイクスブリード・スカイで他都市からの避難者がいないか偵察してみるのは? 敵は多分ゲート使ってくるだろうから、大群で向かってくるのを見つけるーとかは無いだろうけれど」
「戻ってくるまでの守りは私とルーナ、エキドナの対空砲火でなんとかするとして……うん。副長官に意見してみようか」
ここでの最終判断はライエ副長官がするものだから、勝手に飛び出すようなマネはやるものじゃない。だからどう判断されるかは別にして、まずは現場からの意見として上げないと。
というわけで、ここで上がったイクスブリード・スカイでの偵察計画を端末からブリッジへ。
すると程なくして向こうからも時間や偵察のルート指定を添えた計画承認の返事がくる。
「さすが副長官、判断が早い」
返事の早さに膝を打ちながら、GOサインをいただいたらばと、俺たちは休めていた体を立ち上げる。
「無理しちゃダメよー」
「分かっているともさ」
手と尾の先をフリフリ見送ってくれるアリアさんに手を振り返して艦内食堂を後にする。それと同時に艦内に警報が鳴り響いた。
「レーダー圏内にゲートの発生を感知。その付近に飛翔体の反応もあり! 総員戦闘配置!」
「向こうから来てた!?」
「手間が省けたってところかね」
何事かと尋ねる間も無く放送された状況に、俺たちはマシンに向けた足を早める。
「ええい! 船の通路全部が私の蹄の踏み込みを受け止められる作りだったなら!」
「それでもリードまで入れた三人乗りは無茶があんだろ。オルトロス級みたいに牽引車でも走れる広さと頑丈さに作り直せって?」
「そこまでやってもらえたならありがたいな!」
「ホントにそうなったら、わたしは自分で飛んでいけるから車は二人が乗れればいいんじゃないか?」
そんな軽口を投げ合いながら俺たちは格納庫に飛び込む。そうしてエネルギーを充填中の機体へそれぞれに。
「送るぞリードくん!」
「え? あ、すまない!」
と思いきや、クリスはむんずと俺の体を二の背に担ぎ上げてブリードに向かって蹄を響かせる。そうしてランドイクスの通りがかりに停まったトリコロールの車に俺は飛びつくように降りる。
俺の体は衝突することなく車型に折り畳んだブリードに溶け込み、ヘッドライトの位置から愛機へ走り去るクリスを見送る。
俺そのものになったブリードのコンディションをチェックしていく一方で、補給と簡易メンテのために取り付けられていたケーブル類が取り外されていく。
急ぎの時にはよくあることだが、これが少しくすぐったくて未だに慣れないんだよな。
それに文句を言っても仕方がないので、リアルタイムで共有されているレーダー観測の結果もチェックしていく。
「飛翔体はこちらで使ってるものっぽいけども、中身も確かめなくてはだし、ゲートからのも飛行型のよう。ならここはスカイでいいか?」
「うん。異論無い」
「ついでにこの辺一帯の偵察もやってきなよ」
ファルの意見に残る二人が了解したならばと、俺はタイヤを空戦機に向けるのであった。




