3:自分の中にあるイブツ
「見せたいものがある」
そう言った制服美女さん――パーシモン先生からはライエ副長官と呼ばれていた――に連れられて、俺は施設の廊下を進んでいた。
金属質な壁はよく磨かれてピカピカで、何に使ってるのか名前を見てもよく分からない部屋への道がいくつも枝分かれしている。
多分入る機会なんてこれっこりだろうし、興味につられてついつい道の先を覗き込んでしまいそうになる。
けれど世話になった上に、迷惑までかけるわけにはいかないから、ライエ副長官の硬い足音とふさふさの尻尾を見失わないように着いていく。
「あの、おれ……いや自分? への事情聴取、なんですよね? 見せたいものって、なんなんです?」
「そんな硬いモノではない。が、説明はまとめてにしたい。今は着いてきてくれたまえ」
先に整理をつけておこうって尋ねてみても、シャープな横顔をくれるだけなんだよな。
諦めて目的地到着を待つことにした俺は、黙って副長官さんの後を追いかけてエレベーター、エスカレーターと乗り換えつつ移動していく。
そうして到着したのはものすごい広いフロアだ。
何台もの戦車に戦闘機に潜水艇。そしてそれらの部品を詰めたのだろうコンテナがズラリ。この鋼の合間合間を単眼の巨体やケンタウロス、ネズミの人達が忙しく走り回っている。
「ここって、バトルビークルのッ!?」
空間の歪みの向こうからやってくる破壊者たち。それらに立ち向かうための、遺物を解析研究して作り出された武装群。その整備ハンガーじゃあないのか。
当然安易に広めちゃいけないから、一般人に見せびらかしていいものじゃない。と、思うんだけど。
だけどライエさんは戸惑う俺を気にせずに、運転手といっしょに待たせてたらしい車に乗り込んでく。
「どうしたのかね? 見ての通りの広さだ。歩いていくには少々骨だぞ?」
「あ、ハイ」
いいのかな、ていうか大丈夫なのか。とはまだ思う。けど手招きするライエさんに抵抗もできずに、俺は続いて車の中へ。
モーターの動きが強くなって動き出した車の中で、俺は極力余計なものを見ないように前の座席に注目しておく。
そうして固くなっていると、隣から微かな笑みがこぼれる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。ここまでなら見学も入るくらいだ。問題は無いよ。私の目を盗んで撮影出来ていると言うのなら別だがね?」
「は、はは……ま、まさかぁ……」
じっとこちらを見る青い瞳。その圧にはどうしても頬がひきつる。
そんな俺の返事に、ライエさんは眉間に皺を寄せた難しい顔で黙ってしまった。
それから気まずい空気の中で運ばれていると、やがてブレーキが踏まれて目的地への到着を知らされる。
「また、車?」
そうして車を降りた俺の目の前にあったのは、また車だった。
送ってくれた車と違って、低くてシャープなボディ。色も白をベースに青や赤、黄色とどこでも目立つような派手さだ。
いくつものコードを繋がれたこの車体を見ていると、何故だか胸の中がざわついてきて落ち着かない。
「えっ……と、見せたいものって、これ……ですか? なんでまた俺に?」
居心地の悪さを誤魔化すために副長官さんに訊いてみたら、彼女は手元のタブレットを操作して見せてくる。
「これはこの車両を確保した時にこちらの艦載機が撮影していた映像だ」
「え? 俺?」
そこに映っていたのは運転席で眠る俺だった。
どこにでもいそうな、特徴が薄い風体のハイティーン。黒一色だった髪の内、前の一部がなんでか白くはなってるけど、それは紛れもなく俺だった。
摘まんで確かめてみたら、今も写真と同じ場所が白髪になってる。
「……なんで? どうして?」
色抜きした覚えはもちろん、こんなトリコロールカラーの車なんてハンドルを握った事どころか見た覚えも無い。
ワケが分からなくて頭がくしゃくしゃなままに呟く俺に、ライエさんはまた別の映像を見せてくる。
「それ」には、もうなんでの言葉も出なかった。
力を使い果たしたのか、ぐったりと座り込む鉄の人形。それがガチガチと形を変えて、俺が運転席に眠る車になったんだ。
これじゃまるで、俺がこの車の変形するマシーンに乗ってたみたいじゃないか!?
「我々がゲートの反応と戦闘を検知して急行した時に記録できたものがこの映像だ。記憶は混乱しているようだが、何か覚えている事、思い出せた事はないか? このマシンの発見場所でも、何と戦ったのかでも、なんでもいい」
変形映像を逆回しにして見せながら質問されるけれど、身に覚えの無いこと、知らないことを答えられるワケがない!
「……本機の名称はブリード……鋼鉄暴君デモトリフトと敵対する抵抗勢力の一員です」
だっていうのに、俺の口はこの変形マシーンの名前をスラスラと!?
――いや、何もおかしくは無い「私」自身のこと。問われれば自己紹介くらいは問題なくできるさ。
「本機ブリードは……この星の時間計算でいうと、442027日……およそ1200年前か。その頃に対デモトリフトへの反抗作戦によってこちらの世界、この星に転移してきています。その際の損傷を癒すため、昨日の戦闘までスリープモードにあったのです」
「ど、どうしたのだ? 急に? いや、質問に答えてくれるのは助かるのだが……」
「失礼。遅くなりましたが、デモトリフトの幹部クラスの部下四体との戦闘で暴走した本機を保護してくれたこと、感謝しています。こちらも、元は私の同志……そしてあなた方の活動もまた、私と通じるモノがあります。我々も同志になれると私は信じています」
そして私は戸惑う狼人女性、ライエ副長官を置いて本機と接続された同志の機能を修復させる。
この刺激が、いま私たちの立っている足場を揺さぶる。
「な、なんだ!? 何があった!?」
「わ、分かりません!!」
「エキドナのエンジンが急に出力を! 自己診断を開始して!?」
「確保した機体とデータリンク! いつの間に!?」
「データが吸いだされて……いえ、修復中だったシステムが急激に復元をッ!? どうなってるんですか!?」
揺れを引き金に、周囲とライエ副長官の通信の向こうで人々が騒ぎだしてしまう。
協調の証としてのちょっとした手付のつもりだったのだが、悪いことをしてしまっただろうか。
――いや、ちょっと待ってくれよ。なんで「俺」はそんなことが分かる? そんなことが出来てるんだ?
「揺れ、収まってきた?」
「システム復元も緩やかに……しかし自己修復は動いています」
「なんだったんだ……? 各員は異常が無いか細部まで確認を頼む! どんなに些細なことでも、変化があったところはユーレカベースの事も含めて報告をしてくれ。間違いなくだぞ!」
ワケが分からない状況に混乱していると、指示を飛ばした副長官さんが俺の顔を覗き込んでくる。
「キミ……リード君、どうしたんだ? さっきのは、キミが何か関係しているのか?」
問いつめてくるけれど、どうしろっていうんだ?
俺は何も分からない。知らないんだ!
なのに、知らないはずなのに。俺はこの車に化けた鉄の化物を話せてたんだ!
「わか、分かりません! 俺、何が起こってるのか……俺に何が起こったのか、教えてくださいよッ!」
そんな言葉をぶつけるみたいに放り出して、俺はここから走り出す。
「お、おい! どこへ!?」
そんなこと俺が知るものか!
この意味不明なことの連続に付き合ってなんかいられるか!
今はここから、あの車から離れられたらそれで、それだけでいい!