22:お久しぶりと言われても!?
上司の子どもに連れられてやってきた遺跡の中、俺はブリードのアクセルをゆるりと踏む。
車が通れる充分なスペースがあるとはいえ、何があるか、いるか分かったもんじゃない。慎重に徐行運転だ。
「大丈夫だよー。危ないのはなんにもいなかったよ?」
「ねー?」
「そうは言うが、子ども二人だから見逃されてたって事もあるかもだろ?」
第一俺を、というかブリードを秘密に呼び寄せようとしてたって話だ。考えすぎかもしれないが、ターゲットが掛かったから餌役の子どもは用済みだーなんて事もあるかもしれない。
本音を言えば中の調査も俺だけで、もしくは調査班と後日にとしたかったんだけどな。
「兄ちゃんってばけっこうビビりなんだから」
「そりゃあどうも。動き出すまでは臆病なくらいでちょうどいいのさ」
ふーんとか言っちゃってる怖いもの知らずなお子さま二人。この子らがただ見送ってくれるとは思えないもんな。二人ともこの遺跡に危ないものは何も無いって思い込んでるし。
なら目が届く所にいてもらった方がマシってモンだ。こっそり通信もして備えのチームを派遣してもらったし。
じれったそうにするアルテルとリュカを後部座席に進んで行けば、程なく通路の明かりも安定し始める。どうやら不具合の少ない地区に入ったみたいだ。
つまりここからは施設内の防犯装置やらも生きてる可能性があるってわけで。
ヘッドライトに併設されてるのを始めとしたセンサー類でのスキャンをより密にする。
「ん? なんでだこれ?」
そのあんまりにも奇妙なスキャン結果に俺は首を傾げることに。
何が奇妙かと言えば、侵入者対策の装置は確かにあって動いてもいる。しかしブリードのスキャンを受けるや、その機能を停止させているのだ。それはまるで通ってヨシ、と言われているようで。
うわぁ不気味だ、これ。
便利なセキュリティって言うよりも、退路を絶たれて招き入れられてるって感じしかしないぞ。
しかし、ホントに後ろが塞がれてるかどうかは別にして、二人が言うレジってヤツの正体を確かめないと。
手ぐすね引いて招かれてる気配に正直気は引ける。だけれどお子さまたちが納得しないだろうから、俺はブリードを先へ。副長官が早く後詰めを寄越してくれないかなーなんて願いながら。
そんなノロノロしたタイヤの回転でも、結局は少年少女の探検遊びの距離。程なくそれらしいシャッターの前にたどり着く。
「この奥だよ兄ちゃん」
「この先でレジが兄ちゃんを呼んでるんだ」
「この先でったってなぁ」
シャッターは固く閉ざされていて、車を近づけても開く気配がない。
奥に行くには二人が使ってたらしいドアを潜るしか無さそうだが、そちらは車が通れるサイズじゃあない。
「やるしかないかぁ……二人とも、一回降りてくれるか?」
「オッケー!」
俺の指示を受けて二人は意気揚々とブリードの後部ドアを開けて駆け出してく。やけにキラキラした目でこっちを見てくる二人を、危ないからもう少し離れろって手振りで遠ざける。そんなに面白いモンかね。いや、俺もあの年頃で当事者じゃなければワクワクモンだったかな?
「ともかく……フュージョン」
この呟きに合わせて俺の体は光になってブリードの中へ。がらんどうになった車内を体の内側に感じる奇妙さをなるべく頭の外へ追いやりながら、二本足で立ち上がるために体を組み換える。
人を乗せる為の空隙が埋まり、フロントパーツが展開して下半身。リア部が折り畳んでいたのを広げて上半身に。最後に目覚めるように目に光を灯して、俺は二足のヒト型への変形を完了する。
「かっこいいー!!」
「ガシガシジャキーンって、ジャキーンって!」
「ありがとうな二人とも。じゃあ乗って乗って」
変形プロセスに大興奮の子どもたちに跪いて左手を差しのべる?すると二人とも先を競うように俺の腕によじ登って。
ブリードの姿は、俺でもちょっとやりすぎな気もするくらいにヒーローじみてて、正直カッコいいもんな。見上げるほどの鉄巨人ヒーローに抱っこされる、か。それははしゃぐな。
「さて、二人ともしっかり捕まっていてくれよ?」
きゃいきゃいとはしゃぐライオンガールとウルフボーイにかける声も、ついついそれらしく芝居してしまうな。
そんな雰囲気に流された俺自身と、腕の上で声色の変化に笑う子どもたちに苦笑しながら俺はゆっくりと立ち上がる。多分これやってる間ずっと目が小刻みにチカチカしてるんだろうが、気づかれてないかな?
「さて、手荒に開くのは最終手段として……」
問題は閉じたままのシャッターだ。薮蛇は避けたいから、どうにか穏便に開ける手段は無いものか。そんな思いでドアノブななんなりの手がかり指かかりを目と手で探っていると、ふとパネルのようなものに触れる。そこから伸びてきた光がブリードボディをスキャン。最後に胸の中心に細い光を当ててポンと小気味の良い音が鳴る。
おそらく良い意味での認証音だったのだろう。シャッターの向こうからは固まったのを強引に動かすような唸りが響き、閉ざされていていたシャッターがひとりでに持ち上がる。
「どうやら正規の手順で開けられたみたいだ」
いやー良かった良かったはい進もう……なんて言うとでも思ったか。進むならちゃんと片手にブリードガンを握って、抱えた二人を体の陰に隠してクリアリングしながらだ。
「兄ちゃんケーカイしすぎだよー」
「危なかったこと無かったよ?」
「それはそうなんだろうけれど、罠が動く条件っていうのもあるだろ?」
警戒なんてのは空振るくらいでちょうど良い。
なんてコトを思いながら踏み入れた部屋は明るい。その明かりの出どころは天井と床の上下の照明。そして左右に登坂を作るように並んだカプセルたちだ。そんな形なので、部屋のスペースバランスは上が広くて下が狭い極端な形だ。ぶっちゃけ足の踏み場としてはブリードの俺が一人でなら問題なく歩ける程度。二人で横並びに入るには向い合わせで横歩きしなきゃならない。そんな程度の広さだ。
「カプセルの中身……これは、ヒト?」
「アンスロタロスのヒトたちだよね」
「機械のヒトだね」
二人が言うように、ズラリと並べられたカプセルで眠るのは、空白なんて言われる俺の同族のようでそうじゃない。耳や首などにカプセルの機器と繋がったマシンパーツのある機械人たちだ。
古くから遺跡の調査解析に携わって多くの貢献をしてくれてる種族だ……いやちょっと待て、おかしいって。
「ここは遺跡なんだよな? じゃあなにか? アンスロタロスのヒト達ってこういうのから生まれてきてたのか? いやむしろこのヒトたちが……」
遺跡そのものなのでは。そう言いかけた所で、空間の奥からノイズ混じりの音声が強くなる。
「あ、レジだ!」
「兄ちゃんを連れてきたよ!」
二人が言うに、このノイズ音声の主がブリードを呼んでいたレジとやららしい。
銃口こそ向けないが、引き金に指は置いたまま鮮明になりつつある音声に構える。
「レジ……ンスベース……リー……ブリードの入室、確認……」
同時に現れた立体映像も、音声と同じようにくっきりとしてくる。
やがてノイズこそ残るものの、ハッキリと像を結んだホログラフはヒトの顔。いや、目鼻口こそついているが、どちらかと言えばブリードの俺に似たモノだ。
「レジスタンスベース315、マスター・ブリードの入室を確認しました。お久しぶりです、マスター」
その顔が目を瞬かせながらの再会の挨拶に、当然身に覚えの無い俺はすっとんきょうな声を返すしかできなかった。




