21:思ってた以上にハードになりそう
「兄ちゃんありがとねー!」
「運転ありがとねー!」
後部座席からのきゃいきゃいとはしゃぐ少年少女の声に、俺は気にするなと片手を上げて。
まあ正直言うと、すぐに連れてって頼むと言われたのは勘弁してくれよとは思ったが。
あれから予定を着けて上にも話を……なんて思って何時がいいと聞いたらすぐじゃなきゃダメだなんて言い出すんだもんな。
ライエ副長官も急に差し込まれた息子たちのわがままにどっと疲れた様子で俺に「すまないが頼む」だなんて言うし。
「しかし二人とも、今日は俺ももう空き時間だったから良かったが、なるべく都合をつけれるようにしてくれよ? できなかった理由もあるのかも知れないが」
「そりゃあそうだけどぉ」
「ごめんね兄ちゃん、急に言って」
「ああ、次からはなるべくな」
小うるさいお小言はこれでお仕舞いとして、俺はアルテルとリュカにナビされるままブリードを走らせる。
今は一体化まではしていないが、それでも俺のやりたい動きがすいすいと出来る。まさに手足の延長じみた感覚での運転だ。
「うーわ、やっぱリード兄ちゃん運転上手いよね?」
「そうか? そんなの初めて言われたな」
「え? ホントに!?」
「ああ。親と兄さんにはお前のはびくびくしてて逆に危なっかしいとか、もういいからこっちに運転させてくれとか。そんなんしか言われたこと無いぞ」
ウッソだーなんて後ろに座る二人が声を揃える。が、ウソなんてひとつも無いぞ。運転免許も一応持ってるが、家族にハンドルから遠ざけられててペーパー状態だったし。
そんなこんなで門武守機甲入りするまではろくにやってなかったんだが、それでも上手く運転出来てるのはブリードだから、だろうしな。他の車で同じように運転なんて出来る気がしない。
「ふーん……それじゃあ兄ちゃんの家族って、兄ちゃんのホントのすごさを知らないまんまになっちゃったってコトだよね」
「……ああ、そういうことになる、かな? 見返すことも出来なくなったんだよな」
ブリードありきの能力だし、俺の凄さって言うとどうなんだろうな。まあ湿っぽい感じになっちゃった子どもたちを余計に落ち込ませる事もない。と、口には出さず冗談っぽく流しておく。
「あ、兄ちゃんそこそこ! そのトンネル!」
「中に入って!」
「はいはい……って、ホントにここに入るのか?」
二人が指差したトンネルっていうのは、見るからに半分閉鎖されたような穴ぼこだ。
道路は繋がってるし、閉鎖するようなフェンスも無い……いや、脇に退けられてるな。
亀裂もあるし、苔むしてて、明らかに朽ちてきているのを放置されてる。
振り返って「マジで?」って目線で確認するけれど、子どもたちはそこだそこだってゴーサインを出すばかり。
マジでぇ?
いや俺が仕事で調査に入る分には別にいいんよ。それはいいんだけどさ。ここに子どもだけで入ってたとか、ちょっと聞いた親御さんが卒倒しちゃわないか? まあ安全のために報告はする……っていうか、上空の見守り役からも話が行ってるだろうけど。
とにかく子どもらが俺、というかブリードをトンネルに入れたいのは間違いないってことで。俺は亀裂から草の生えた路面をタイヤに踏ませてゆっくりと侵入させる。
明度の変化を受けて点灯したヘッドライトが照らす中、俺は少しでも危険を見落とさないように徐行運転。
しかしこのトンネル、出入口の規模の割にやたらに長くないか? ライトの光を高めに投げてもまだまだ奥がある感じだ。
ナビでトンネル回りのマップも出して見たけれど、封鎖されてるせいか、多分繋がってるんだろうなって出口があることしか分からん。
しかし、マップからも削除されてからどれくらい経ってるんだ。明らかに手が入らなくなって老朽化してますって感じだぞ。この辺見るとブリードの、デモドリフトの文明ってすげえな。セルフメンテがあるにしても、このトンネルの何百倍もの時間がかかっても朽ち果てきったりして無いんだからな。
「こんなとこ二人だけでよく入ったモンだな」
「へへーん! どんなもんよ!」
「すごいでしょ!」
「勇敢だって褒めたつもりじゃ無いぞー? 無謀だなって言ってるんだからな?」
こう言っても二人は「えー?」って。まるでピンと来ていない。お小言のつもりなんだが、迫力が足りないせいなのか。これまでよく事故に遭わなかったと喜ぶべきなんだろうが、ちょっと怖いもの知らず過ぎやしないか? 危ないってことを学べて無いのか……スリルレベルでしか体感できてないんじゃないのか?
二人のためにもひとつやるべきか。いやしかしなあ、俺がここでクドクド言ってもいいもんか。でしゃばりって思われるだろうしなあ。
「ここは危なすぎるぞ。見るからにいつ崩れるか分かったもんじゃない」
俺がちょっと真面目にこのトンネルが危険だと言い含めようとしても、アルテルもリュカも不服そうだ。これはつまらない小言としか受け取ってもらえてないな。
俺が子どもの時には、どう言ってもらいたかったかな? いや、俺はそもそも家族から「ダメだ」と叱られるのが先に頭に出てきて、止めとくかってなってたタイプだからなぁ。なんでやろうとしたのかも聞かれずに言われて……ああ、そうか。
「危ないってのは分かりきったコトだよな。それでも入らなきゃならないって思った事情もあったんだろうし、パパさんらに話せなかったのもあるんだろうが、何かあったらみんなを悲しませるんだぞ? まだまだ付き合いの短い俺だってそうだ」
このつけ足しの言葉で、二人はようやくうなずいてくれる。不服感はだいぶ和らげてもらえたみたいだ。
あー……やっぱヒトとの会話って難しいや。
「あ、兄ちゃんそこそこ!」
「そこの壁、そこの穴だよ!」
ここまでで一気にずしりときた肩こりを感じながらライト頼りの徐行運転を続けていたら、二人が明かりに浮かんだ横穴を指さす。
「オイオイオイマジかぁ? あれに入ったっての?」
壁に穴が開いてるのを知っててこのトンネル通ってたのかよ二人とも! 真面目にライエ副長官、説教前に倒れるんじゃないか?
そんな心配をする一方で俺はブリードを穴に横付けに。
「遺跡!?」
「そうそう!」
「繋がってたんだよ!」
そうして俺が見たのは土の流れ込んだ金属の壁だ。明かりが不安定だからエネルギーの流れが悪くなっててセルフメンテに不具合が出て崩れたってところか?
それがたまたま、いくらかの土を挟んで穴の開いたトンネルと繋がったって? なんて偶然だよ。
いや、これはホントに偶然なのか? ブリードも通れるサイズだぞ? 中にいたのが堀り当てて出てきたんだろって見る方が自然か。
「ともかく、こんなの見つけたなんて大手柄じゃないか。さっさとパパさんらに話して調査に入ってもらったら良かったんじゃないか?」
子どもでも分かる。いや子どもだからこそ、お手柄を褒めてもらえるぞって知らせてその過程の危険さには大目玉になるってオチになるはず。そうなってないのはどうしてだ?
そう尋ねればアルテルとリュカは一度互いに目配せをする。
「兄ちゃんのコト呼んでたから」
「他のに知られちゃ行けないとも言ってたし」
「俺を呼んでて、他に知られちゃダメって言ってたって、誰が?」
「レジ!」
まるで意味が分からんぞ!?
俺を呼んでるという知らない名前の持ち主。それが待ち構えてるっていう埋まった遺跡に、俺は引き返したい気持ちを抑えながらブリードを進ませる。
子ども二人が無事に探検して出てこれる以上、落盤崩落以外の危険は無いはず。無いと言ってくれ頼むから。




