20:お子様コンビのお誘い
「リードくん、いつものフルーツジュースはいかが?」
「ありがとうございます。いただきますよ」
朱赤のたっぷりとした髪を揺らしながら、女医のパーシモン先生は俺にいつものを差し出してくれる。
よく冷えたそれを受け取って一口つければ、先生は聖母然とした柔和な顔をうっとりと緩めて見せる。
俺が貰う度々に見せるこの艶めいた笑みの意味は気になる。けれどもなんだか怖くて聞けずにいる。まあ、体に異常が出てるようには感じないし、特に問題ないよな。うん。
と言っても、俺も用もなく医務室に居座って、ただ飲み物をご馳走になってるワケじゃない。訓練と戦闘の後の検診のためだ。
先のイクスブリード・シーへの合体を果たした戦いからしばらく、消耗して倒れた事もあって、俺は必ず全身に異常が出ていないかを調べてもらっている。機械、ブリードと一体化してロボットになるなんて特殊な状態でもあるしな。
「ここ数回は一回に二度合体を試しても運び込まれる事も無くなったわね。バイタルも安定値に戻りやすくなってるし」
「ようやく慣れてきた……って事ですかね」
俺のカルテに目を通しながら、結構結構とうなずくパーシモン先生。
消耗からノックダウンした二度合体を試している……とは言っても、もちろん実戦でチャレンジしてるワケじゃない。シミュレータ、それと実機を使った訓練の時にだけだ。
先の戦いを含めて今までにも、合体中にパワーダウンを起こしたりエラーを吐くような事はない。今後も考えれば慣らしておく事も必要だ。けれどもまだまだ実戦中に試すのは危なっかしい。だからトレーニング限定にしているワケだ。まあ二度合体しなきゃならないほどに苦戦しなかったのもあるけれども。
「それでも無理は禁物よ?」
「まあ、はい……俺もやりたくて無理やってるワケじゃないんですけどね」
俺だって痛いのや苦しいのを好む手合いじゃないんだけども。その時その時で必要にかられてやっただけだし。
そう思って苦笑するも、パーシモン先生の表情は晴れない。
確かに、実積でも今の態度でも必要になればやるって言ってるようなもんだしな。自分でもそう思うから、軽はずみに約束もできなくて、気まずさから手元の情報端末に集中する事に。
打ち込んでいく情報は自分の事……いや、ブリードの事だ。
一体化している時や、合体している時の感覚。特に普段の肉体に無い部位をどう動かしているのか。それについてのレポートだ。
「それも大変よね? 副長官達から出すように言われてるヤツなんでしょ?」
「はい。正確にはウェイド博士が脅してやらせてるヤツ、ですけどね」
人聞きの悪い言い方だが、事実なので仕方ない。
遺跡の大きな破損に、重要なパーツの喪失。その責任を取る手段として突きつけられたものの一つだ。
長官たちは取り下げてもらえるように交渉したんだけれど、交換条件に出したいくつかの優遇措置を突っぱねてまで、ブリードについてのレポートを求めて来られてしまった。おまけにユーレカシティ基地の冷遇に、俺とブリードを研究のために手元に置く事を匂わされて、これでは折れる他無かった。
詰め込みの訓練を続けている俺を含め、現場に余計な仕事を増やしたくは無かったのだがと、レグルス長官もライエ副長官も悔しそうにしていた。が、俺としては事情も事情なので仕方無いと受け入れている。
それにルーナも祝勝会で怪しんでいたように、副長官もウェイド博士がブリードを執拗に欲しがるのを妙だと感じたのか、俺に細かなデータを書かずに、感覚的な書き方でレポートを仕上げてくれと注文されている。
おかげでレポートどころか説明の体も成してないような仕上がりになってしまっている。だがそういう注文だから仕方がないんだ。
「まあ正確なデータを上げてくれと言われても困るから、助かってるんですけどね」
「ああ、リードくんの頭の中にあるスペックデータも毎回バラついてる、だったわよね」
そうなんだよなー。
一体化してる間、さらにそこから合体してる間、そんな状態であるだけに俺は自分の事としてスペックデータを把握できてる。
それは疲労感とかの消耗度合いとかの感覚的なものだけでなく、具体的な数値としてもだ。
しかしそれは毎回毎回、いやむしろ毎分毎秒で違うと言っていい。
それは俺のコンディションに左右されているらしくて、バテてたり不調を抱えてればパワーは落ちる。しかし一方でテンションの高かった時には出せるパワーはどんどんと上がっていくのだ。
戦闘続きで終わったら倒れるほどにバテてたはず。なのにイクスブリード・シーでアレだけのパワーが出せたのはどうもそういうことらしい。コンディションでも特にメンタル側の盛り上がり次第で限界を高く高く引き上げられるって寸法だ。
こうなると、場の空気に流されやすい性格で良かったのかも知れない。クリスたちの戦意に水を差さなくていいからな。
「だから俺よりも医者先生の方が大変じゃないですか? そちらも俺のカルテ出させられてるんでしょ?」
「あら。いつもまとめてるものだから大したことはないわよ。ああでも、プライバシーもあって黒塗り添削しなきゃなところは一手間かしら?」
冗談めかして大した手間でもないとアピールしてくれる。が、俺と違って普段が忙しいのでは一手間増えるだけでも重たいだろうに。
そんな風に思っていたら、不意に医務室のドアがシュンと横滑りに開く。
「あ、リード兄ちゃんいたいたー」
「やっぱりここだった」
「あらアルテルちゃんにリュカくん」
そうして入って来たライオン尻尾の女の子と狼人の男の子をパーシモン先生が迎える。
「先生じゃなくて俺を探してたのか? パパさんママさんが呼んでたり?」
避難中に知り合った二人だが、なんとアルテルは長官の、リュカは副長官のお子さんだそうで。
そのためか二人ともよくよく基地内の託児エリアにいる。だから避難所で別れたっきりって事は無く、ちょくちょく顔を合わせていた。それでルーナが特にこの二人……というか子どもの遊び相手をやってるところを見つけもしたんだけれども。
クリスとファルなら分かるけども、あの二人を上回る頻度で見かけたのはホントに意外だった。
それはともかく、俺の問いかけにアルテルもリュカも違うよと首を横にふる。ちなみに先生は子どもたちにもジュースを差し出していたが、二人は差し出されたのとは別のが良いと受け取らなかった。
二つの意味で俺が首を傾げていた俺に、アルテルとリュカも小走りに駆け寄ってくる。
「兄ちゃんに頼みたい事があるんだ」
「俺に? クリスたちじゃダメなのか?」
「うん。姉ちゃんたちのだとかってに動かせないし」
「その点、兄ちゃんはこの前ブリードでおむかえやってくれたし」
「アレはアレで後でお説教食らったんだけどな……」
頼まれた事とは言え、よりにもよってブリードを私的な送迎車にするなって。
見た目スポーティーなだけで普通に道路走ってそうな車で、俺は普段から身体感覚で使ってしまってるけれど、ブリード単体でもそれなりに強力な戦闘メカだもんな。アレは俺が軽率だった。
「まあとにかく、イクスビークルたちみたいなデカイのじゃなくて、秘密にして使えそうなブリードの方が都合がいいから……ってコトだよな?」
「そうそう!」
「それで、いいかな兄ちゃん?」
キラキラした目を向けてくる少年少女。こういうのには、ついつい了解ってふたつ返事をしたくなる。けれどな……。
「何を手伝ったらいいのか、先に聞いたらダメかな?」
こう聞いたら案の定、二人は顔を見合わせて困り顔に。
参ったな。頼ってきた俺にも内緒にしておきたいとなるとな。長官のご子息たちにどんな危険があるかも分からないのになぁ……。
「……分かった。俺にも内緒ってコトな。ブリードを出せるようにしとくよ」
「やったあ!」
「ありがとう、兄ちゃん!!」
渋りながらも問い質さずにOKを出した俺に、アルテルとリュカはハイタッチにはしゃぐ。
そんな二人を横目に、パーシモン先生がこっそりと俺に耳打ちを。
「大丈夫なの、リードくんそんなこと請け負って?」
「……やれるだけやってみますよ。副長官にも伏せるとこは伏せて話をしときます」
俺にも内緒にして、二人だけでこっそりブリードが必要だってところに行かれても困るし。こりゃ責任重大だぞ。万一の時に責任負いきれるかどうか。いやホントに分かったもんじゃないもんな。




