19:勝利と生存にお祝いを
料理とドリンクを乗せたテーブルの並ぶ広間。
その端っこで俺は壁にもたれて外を眺める。
焼け焦げやえぐれなど、戦闘の痕跡も痛々しい建物たち。特に激しく砲火を浴びた遺跡の出入り口は瓦礫で半ば埋もれてしまっている。
その反対側に目を向ければ、勝利の宴を楽しむ人たちの向こうに広がる海原の景色が。
ここは海上に停泊した門武守機甲所有の航空空母エキドナの中。大物相手に戦い抜いた戦闘班を労うために用意された宴会場だ。
想定を越える敵の登場に、しかし怯まずに戦い勝った戦闘チーム、特にダメージの大きかった海戦隊の奮闘は勲章ものだろう。勇猛果敢なつわもの揃いでも大騒ぎでもして勝った実感を味わってないとやってられないだろう。
そんな中に俺が入ってていいんだろうか。
いや、もちろん俺だって死にそうな思いもしてるし、出来ることは手抜き無しにやってるつもりだ。だけども振り返ればコロコロ変わる状況にただバタバタしていただけで、戦力になってたかっていうと、どうなんだろうな?
そこでふっと影が差したので顔を上げたら、そこには金の髪を流れるままにしたクリスの姿が。
戦闘も終わってパイロットスーツの上をはだけたリラックススタイルで、両手どころか第二の背中にまで料理を乗せている。
「なにか心配事でもあるのかなリードくん?」
「ああ、クリス。そういう訳じゃ無い……いや、今回この調子で、俺はこの先上手くやれるようになるのか……ってさ」
また顔に出ちゃってたか。クリスには黙っていても問い詰められてしまうから、思ってる事をちゃんと口に出す。
これにクリスはため息まじりに肩をすくめる。
「まだそんな心配することじゃないさ。今日の戦いも良くやれていたと思うよ。最後には消耗で倒れてしまうまで頑張ったじゃあないか」
「その通り。むしろ今回はリード単機に任せすぎだったくらいだったんだ。あ、クリス背中の貰うよ?」
「ファル。取るのは構わないが、手をつける前に言ってくれないか?」
「ほれはふははひ」
「口に含んで喋るのも良くないぞ?」
バサバサと割り込んできたファルとそれに突っ込むクリスのやり取りに、俺はついつい頬が緩んでしまう。
そんな俺にファルはクリスの背中から取ったのを俺に渡してくる。
「さあさあさあ。回復するにも体力つけるにもまずは食事からだ。起きれたんだからたーんとお食べ、たーんと」
「ああ、うん。ありがとうファル」
戦闘終了直後、イクスブリード・シー、それにブリードから合体解除したところでダウンしたせいで、二人を始め皆に心配をかけちまったからな。
それでまたパーシモン先生の世話になったのかなんて思ってたら、ここに引っ張ってこられたワケで。
寝てる間に用意されてて、手伝いも何もせずに用意されてたのは申し訳なく思う。けれども気を失うほどに消耗してたらしい身体には沁みるなあ……また意識が遠のいてくるくらいに……。
「ファル? ファル、いったんストップ。リードくんがまた気絶してしまうから」
「ん? ペース間違ったかな?」
「ぐふ……た、助かったよ、クリス……」
口の中にぎゅうぎゅう詰めにされたのをどうにかのみ込む俺に、ファルはきょとんと。クリスはやれやれと頭を振る。
あ、危なかった。窒息させられてしまうところだった。でなくてもパンクさせられてしまうか。ファルの側に悪気はないんだけれどな。
「それにしても、気を失うほどの消耗があるとは、これまでにはなんとも無かったから予想していなかったよ」
「それはね。俺も戦ってる……っていうか合体してる間は全然……それにこれまでも疲れて当たり前くらいに思ってたからさ」
言いながらフルーツジュースを渡してくるクリスに頭を下げながら、俺は気絶する前の事を振り返る。
実戦で合体したのも初めてじゃあない。実際イクスブリード・ランドから分離してからはなんとも無かった。力は出してたと思うけれども、それもいつも通り。がむしゃらにやってるってだけだ。これまでと何も変わらない。
ということは考えられる理由はひとつだ。
「俺に連続合体をやる体力がないってコトだよな」
慣れか、スタミナ増強か。それで問題なくやれるようになる可能性はあるのかもしれない。だけれどもそうなるまでは、敵に合わせて切り替えることが出来ないってことだ。
消耗を無視しても構わない。けれど、それでイクスブリードが動かなくなるような不具合が出たりしたら……マズイなんてもんじゃないぞ。
「なんの。つまりはイクスブリードは使い所の見極めが必要な切り札だと言うだけじゃないか」
「うん。それが今回で分かって、回復できただけよかったってことだね」
だけれどこんな俺の心配を、クリスとファルは大したことは無いとあっさり。
確かにそうかもしれない。しれないが、そんなスパッと切り替えられるものなのか?
いや、こうやって受け止め考えられることが彼女たちの強さ……俺との違いってコトなんだろうな。
「そんな端っこに固まってなにやってんだい」
そこへやってきたのが今回の功労賞のルーナだ。チームメイトや司令官直々の労いを受けてきたのか、料理を手にしたその顔はお疲れ気味だ。
「何をのんきな。功労賞はアンタもだろうに。バテて倒れたから後回しになってるだけで、アンタの順番も直に回ってくんだよ」
肩がこったと首を回しながらのそのセリフに、俺もさっきまでとは別方向に腹の中が重たくなるのを感じる。
宴会で表彰みたいなもんだとして上司に絡むとかめんどくさすぎる。
「うう……戦いの疲れがまだ……」
「そりゃあそれで構わないけど、結局基地に帰ってから今回の活躍を表彰されるだけだよ」
ぐぬぅ……避けようとしたのを完全に見切られている。職員全体の士気を高めるためのものだって言うし、諦めるしかないか。
「……まあアタシも大物を仕止めたっても、胸張ってボーナス受け取れるような仕事じゃ無かったから気は進まなかったけどね」
そうなんだよな。敵の指揮を取ってた幹部はオオムカデが潰れるや否やって感じで撤退。取り逃がしてしまった。
しかもゲートの起点になってた部品も無くなってて、回収して管理と研究も出来なくなってしまった。
「大暴れしてた大物でこっちの目を引いて、遺跡の機械の回収がヤツらの本命だった。そういう風に見えるからな」
「うーん、今回はまんまと相手の、デモドリフト側の作戦にはまってしまった。と」
クリスとファルがまとめてくれたが、まさに試合に勝って勝負に負けたと言うべき状態だ。
「まあしかし、大規模戦闘になりながら人的被害は負傷者まで。護衛対象を無傷で守りきった。この良い戦績はそれとして受け入れなくてはね」
「……その博士も不気味なんだよな」
少しでも前向きに受け止めようと言うクリスに対して、ルーナはまた別の不安材料としてウェイド博士を上げる。
まあ万人受けする容姿では無いと思うが、海戦隊にも同族らしい人が居ないでもなし、特にルーナが不気味と言うような事はないよな?
などと思って目を向ければ、ルーナは余計な事を言ったかと渋い顔で話を続けてくれる。
「あっさり引き下がり過ぎてるんだよ。ゲートを活性化させる、明らかに重要な研究対象を奪われたってのにこっちにはお小言ひとつ程度。普段なら遺跡が傷ついただけでもグチグチグチグチ抗議文送って来るってのに……」
そうなのか?
そう思ってクリスとファルを見れば、実体験を思い出しているのかうんざりとした顔で天井を見上げている。
そう聞くと、確かに怪しく思えてきてしまう。
「まあ今回はリードやらイクスブリードやらで面白いもんが見れたから機嫌が良かったってだけかもしれないしね。せいぜいあの博士に浚われないようにしなよ? アンタにはもっと頼もしくなってもらわなきゃならないんだから」
しかしルーナは結局そう自己完結して俺の肩を叩いて海戦隊の仲間たちのところへ。
そうだよな。俺が意識しなきゃならないのは、もっと上手くやれるようにならないとってことだよな。
そう意気込む俺と離れてくルーナを見比べて、クリスとファルはやれやれって感じに顔を見合わせる。
「まったくルーナも……言い方が素直じゃないんだからな」
「通じて無いリードもリードだけれども」




