16:逃げろ逃げろ!
揺れる遺跡の中、俺は大急ぎで巻き上げられるワイヤーに引かれて縦穴を昇る。スラスターの噴射と壁蹴りでこちらからも上昇をして、だ。
「ヒイイ! も、もっとソフトに行ってくれんか!?」
「申し訳ないが、騒いでいると舌を噛みますよ!?」
この警告が間に合ったか、腕の中の博士は壁を蹴っての加速にグッと息を飲んで押し黙る。
光るパーツを持ち出したがる彼を引っ付かんだ上、こんなに振り回して、さぞ恨めしく思われているだろう。けど命あっての物種だからな。そこは大人として飲んでもらいたい。そもそもは襲撃してきたデモドリフトの水兵、レッドプールが悪いわけだし。うん。
そうして降ってくる小さな金属片を機体で跳ね返しながら、俺は程なく縦穴を抜ける。この勢いが緩まぬ内にライフルを発射。ウインチを動かしていた戦車に迫る機械兵の上半身を蜂の巣に。同時に向こうもこちら向きに発砲。俺の真上を通り過ぎた砲弾は壁の穴を潜ってきたデモドリフトの機械兵を打ち砕く。
「あんまりにすれすれで敵に乗っ取られたのかと思ったよ」
「それはお互い様さね」
着地した俺はクリスの同胞であるケンタウロスと軽口を交わしながら、博士を装甲車に預けに。
「機械兵が中に来てるが、そっちは無事?」
「すまない! 目の前から来るのは食い止めているんだが!」
「ならデカブツ潜水艦が突撃した時にでもねじ込んだか! やりやがったな!!」
「とにかく早く脱出を! こっちは追加の侵入を防ぐから!」
「脱出からすぐにイクスブリードに合体を! クリスのランドが入り口を守っているからそのままで行けるわね?」
通信越しにだが、みんなが無事で戦ってるのは分かった。アーシュラさんが指示してくれたように、それで襲ってきてるのを蹴っ飛ばして博士を離脱ってワケだ。
そうと決まれば俺は先頭きって合流地点の出入口を目指すだけ。通せんぼしてくる機械兵にフルオートで弾丸を叩き込んで脱出路を切り開く。
飛んでくる破片を体当たりで跳ね返しながら急ぐ俺。だけれど後ろからの妙な音に引き留められる。俺が通ってきた縦穴、あそこから這い上がるみたいにして機械兵が上がってきてる!?
「正面は任せた!」
俺は飛び上がって博士を囲んだ護衛車両に前を譲る。そうして殿の位置に降りて後ろへライフルのフルオートをばらまいた。
これで穴の縁に足をかけた機械兵が爆発に変わって、俺たちを出入口へ押してくる。けれどそんな爆発を押し退けて、大きな足が穴から飛び出す。
「メカの虫かよ!?」
いくつもの足をガチャガチャと鳴らしながら上がってくる巨体。虫めいたその新手は口吻部に当たるパーツを開いてトゲを露出させる。
光ったそれに嫌な予感を感じた俺は、リロードしたてのライフルを全部お見舞いしてやる。
銃撃でメカ虫の顔面がぶれる。けれどもヤツはお構いなしに口っぽいトゲから熱線を。
でたらめに走ったそれは薄暗い通路を焼いて、撤退する装甲車たちへ。
俺はこれにとっさに体を割り込ませる。
「ブリード!?」
「も、問題ないって。ちょいと火傷した程度のもんさ」
心配してくれる護衛メンバーに返した通り、装甲を焦がされて痛みはする。が、動けないってことはない。
けど、これを受けれるのは俺くらいだよな。他のメンツ、特に博士を乗せた装甲車は当たりどころ次第じゃ一撃だぞ。
「だからここは俺に任せて先に行ってくれ! でも流れ弾が無いとも限らないから後ろに気をつけて!」
「いまいちしまらないなあ!」
「なにせ、付け焼き刃の訓練しただけの素人上がりだもんでね」
予防線に突っ込みを入れるが早いか、護衛チームは脱出を急いでくれる。判断が早くて助かるよ。
そんなワケで、俺は上がってきたデカイメカ虫にライフル弾のおかわりをご馳走だ。
けれどもこれは丸まるように頭を下げたメカ虫の厚い装甲に弾かれてしまう。あのカブトムシかなんかみたいなシルエット、アレが防御力を上げてるってワケか!
お返しだって感じの熱線を片腕の装甲でいなしながら、俺はライフルからブリードガンに持ち変える。実弾の効きが悪いからって、持ちこたえるって言ったからにはお尻向けて逃げちゃうわけには行かないからな。
「……って、いい加減熱いんだよ!!」
痛みからの鬱憤も込めてのマグナムショット!
カートリッジ半分を費やしたこのエネルギー弾は熱線を吐くメカカブトムシの装甲を撃ち抜いた。
やったぞ、狙いどおり!
エネルギーを散らすコーティングでもしてあったのか、焦げた風穴の奥深くに大きなダメージは見えない。けれど同じ場所を撃てば、でなくても新しい風穴は開けられる。
が、武器が通じると分かった内心の喝采も、もがきながらの敵の熱線と体当たりに遮られる。
この重みに堪らずうめき声が漏れる。けれど押し倒されてやるものかと踏ん張り、ブリードガンをメカカブトムシのボディに押し当てて引き金を引く。
ゼロ距離エネルギーブレードと弾丸。これが俺にのし掛かるのを撃ち抜き吹き飛ばす。
ひっくり返って足をジタバタとさせて動かなくなるメカ虫。
その動きはちょっと生の虫っぽくて、キモさと罪悪感が出てくるんだけれど。
ともあれ、大物を退治できてひと安心だってそんな余所事を考えた俺の視界の中で、何かとんでもないのが動くのが見えた。
「ウッソだろおい!?」
それは穴の縁から飛び出したメカ虫の足だ。それも今倒したヤツのよりも長くて太い。その足のサイズ違いの通り、本体もさらにデカイのが飛び出して来た!
大慌てに弾切れのブリードガンを満タンのと持ちかえ、ライフルと一緒にばらまく。
だけれど俺の作った実弾エネルギー混じりの弾幕に、メカ虫は真正面から突っ込んでくる。
俺の弾幕を真っ向から跳ね返して迫る鋼の壁。これに俺ができたのは重心を浅く落とす程度。半端な受け止め体勢での激突では、重量差になす統べなく押し流されるだけだ。
だけどそれじゃダメだろ!? 後ろに守んなきゃならないのがいるのに、この有り様じゃ何にも仕事出来てないじゃないか! せめてちょっとくらいは役に立って見せなきゃ、情けなくってどうしようもない!
だから背中のスラスターを全開に、押し込んでくる壁みたいな装甲に自分からめり込んでいく。おまけにブリードガンのブレードとゼロ距離射撃も付けてだ! だけどメカカブトムシは全然まったく怯みもしない。しかももうエネルギー切れだ。こういう時、腕の中に発射もできるパイルバンカーがあれば良いのに!
そんな無い物ねだりをしながらスラスターを焦がす勢いで噴かす。そして銃も使えないなら拳を叩きつけて、少しでも少しでも勢いを弱めようともがき続けてやる。だけれど、そんな俺の足掻きを嘲笑うみたいに、メカ虫の勢いはまるで緩まない。
「いいぞリードくん。良く頑張ってくれた」
しかしそんな暖かなひと言に続いて、俺の両脇を熱量の塊がすり抜けて、機体のめり込んだ装甲が内側から弾け飛ぶ。
光と音に目と耳を塞がれた俺はこの威力に流されるままに宙を。しかしそれも一瞬。硬くも暖かみのある何かに触れたかと思いきや、機体が折り畳まれて包まれる。そしてまた展開したらば、俺の体は巨大なマシンケンタウロスへと変わっていた。
「おい! ランドイクスのパイロット! ここは貴重な遺跡なんだぞ!? いくらか解析の進んでいた区域とは言えどうしてくれる!?」
後方から通信越しに博士が怒鳴るとおり、出入口からここまで、ランドイクスが通れるように通路が拡張されている。俺を援護する通り道を作るために、こんな強引な力業で――しかしそれをやらかして責任を問われるクリスは、堂々と胸を張ってコックピットに。
「確かに貴重な遺跡です。ですが私にとっては仲間の命に勝る価値はありません!」
そして臆面もなく言い返すや、潰れたのを踏み潰して迫る新手の虫顔にランスカノンを叩き込むのだ。




