11:こんな毎日の積み重ねを
炎だ。
目を焼くような熱と輝きを放つ揺らめきが俺を取り囲んでいる。
俺の逃げ道を塞ぐそれらの根元には、横たわり黒く焦げていく人々が。それは父や母であり、兄であり、小さな子どもたちでもあり。さらにはクリスたちまでもがその身を横たえていて。
そんな人々を贄にして燃え盛る炎の奥には、いくつもの巨大な塔が。
機械仕掛けを積み上げたそれは硬く重々しい音を響かせながら動いてはヒト型の機械を吐き出していく。
その機械兵士の母体をやるタワーの頂点には、輝く目でこちらを見下ろす角張ったシルエットが四つ。
そして彼らを背後から照らすように二つの光が。
禍々しい輝きを灯すそれは巨大な目だ。災厄と、その中で産み出される侵略の尖兵の姿。これらを眺めるそれが光を細く絞ると、辺りの景色が揺れる。
崩れ出す景色の中、俺は支えを失って落下を。投げ出され、為す術なく浮遊感にさらされるがままの俺に、禍々しく強大な何かは嘲笑を浴びせてくる。
「がッ!? アダッ!?」
そして直後に体に叩きつけられた衝撃に、たまらず声が出る。
響くような痛みのある節々をさすりさすりに身を起こせば、また薄暗がりの中。
しかし少し手探りすれば、俺の体の下には支えになる床板があり、すぐ側にはフカフカした物の敷かれたベッドらしいのが。
そうだ。ここは俺に与えられた基地内の部屋で、ベッドから転げ落ちたのか。
「……またあの夢か」
そこまで目が覚めたことで、頭に焼き付いたあの嫌な景色がここしばらくお決まりの悪夢で、うなされるままにベッドから落っこちたんだということを自覚する。
門武守機甲に拾われてから数日。毎夜のように同じ悪夢を見る。
日頃の訓練や作業で知っている顔が増える。すると悪夢の中で犠牲として火にくべられている人々の姿形もまた解像度を増して繰り返される。
もちろんパーシモン先生にもこの悪夢の件は相談した。その診断は、戦いの恐怖と家族の喪失から新しい居場所が失われる事の潜在的な恐れのイメージに襲われているのでは無いかと。
本当に俺が気に病んでるだけだと言うならそれで良い。だが俺には奇妙な能力を唐突に身に付けるのと一緒に、知らないはずのことを口に出していた例がある。
その俺に植えつけられた知識が、この先に起こるかもしれない事を警告しているのかも知れない。
そうだとしたら、俺はなんとかして仲間たちを守らないと……って、待て! 俺は今何を考えた? 俺がなんとかして? 訓練しはじめで足を引っ張ってる程度の俺に何が出来るって? らしくもない。
「……気持ち悪いな」
この前から、俺が俺で無くなってしまったみたいになる事がある。
顔見知りのピンチを見せつけて、行けよ行かなくちゃって叫ぶ心の声があったり、さっきみたいにできるかどうかも分からないのにやらなくちゃなんて思ったり。
こんな無謀なの、ホントの俺じゃあありえないって。
やっぱり、俺は何かに乗っ取られているのかもしれない。俺自身はきっと家族といっしょに死んでいて、その死体をブリードが外付けの何かしらとして利用するために取り込んだのかも知れない。
だからイクスブリード・ランドに合体したあの時、戦いの最中なのに冷静に周りを見てクリスの邪魔をせずに戦えたんだろう。
そんな当たらずとも遠からずだろう想像に、俺は眩暈を感じてベッドにもたれ掛かる。
けれどそんな俺を、無情なアラームが叩き起こしにかかってくる。
装備として渡された大画面高機能携帯電話を確認すれば、もう朝の訓練に間に合うように設定した時間だ。
夢見から気分は最悪だ。
だがブリードのせいで戦いに巻き込まれる以上、せめて門武守機甲の足を引っ張らない程度には訓練を積んでおかないと。メンタルからの不調で休んではいられない。
そう自分に言い聞かせて立ち上がった俺は、ジャージへの着替えに軽い洗顔と身支度を手早く済ませて部屋の外へ。
そうやって駆け足に運動場に出てきて見れば、すでに先客が。
「おはようリードくん。早いじゃないか」
「おはよう。それを待ち構えてたクリスが言う?」
薄明るい砂地の上で尾花栗毛の四足を解す女ケンタウロスのクリス。朗らかに挨拶する彼女に返しながら、俺もまた体に絡みついた強張りを振り払いにかかる。
「ハッハッハッ! 違いない……が、私の場合はもう習慣だからね。この時間からでないと逆に落ち着かないまであるから」
「そう聞くと、俺はまだまだ訓練始めたばっかで気負ってるだけってことかな。気が抜けた頃にはギリギリに滑り込む事になりそうだ」
「それはまだ分からないんじゃないかな? 案外私みたいにいつもの感じでこなしてしまうようになるかもしれないよ」
「そんな立派な感じになれれば良いけどね」
クリスとは彼女の人柄もあるからか、こんな風に軽い調子に話せるようになった。
彼女のようなタイプとはこれまで縁がなかったが、案外波長が合うのかもしれない。いや、クリスだからこそかも知れないが。
「あれ? もう二人ともいるの?」
「ああ、おはようコットン。どうだいリードくんも熱心だろう?」
「おはよう。なんでクリスの方がドヤってるんだ」
「それね」
俺とコットンとで連続してのツッコミに、しかしクリスは朝の空気のように爽やかに笑い飛ばすだけだ。
この無敵ぶりに、俺とコットンは揃って顔を見合わせて肩を落とす。
これを見てクリスはますます上機嫌に笑うんだから。俺に仲良しが増えて良かったって。クリスといっしょに行動する機会も多いんだから、これくらいのシンクロリアクションくらい出来るようになるさ。
「いつもどおりのクリスは置いとくとして、リードはホントに大丈夫なの? 昨日もヘロヘロになってたけど」
「ああ、心配ないさ。初日にクリスに気絶するまで引き回されたおかげか、ダウンしてからの回復も早いんだ」
「それをつつくのは勘弁してくれないか。ドクター・パーシモンにもたっぷりと絞られてしまったんだから」
最初の加減ミスを引き合いにした俺たちのやり取りを見て、コットンは本当に大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
実際俺の体、奇妙なくらいに回復力が良いというか、日に日にスタミナの上限を伸ばす超回復が起きている風ですらある。担げるウエイトはより重く、走れる時間も距離もより長くと。
訓練のほぼほぼが基礎オブ基礎である体力づくりとはいえ、これほどに目に見えるほどの訓練効果が出るというのは、嬉しさよりも気味悪さが勝つ。こんなに目に見えて良くなる能力があるなら、俺は筋トレマニアにでもなってたはずだ。
「それなら良いけど、今朝は倒れるまではやらせないからね? アップデートしたVR戦闘シミュレータでブリード動かすのがあるんだから」
「ああ、今日から使えるようになったんだっけ? さすがは門武守機甲のスタッフ。仕事が早い」
「いやいや。リードくんがブリードになってシミュレータと繋いだから出来たことじゃないか」
「そうそう。わたしもみんなも細かい調整入れただけで、基地や空母エキドナの機能解放はリードがいたから出来たんだからね?」
そういうものだろうか?
二人は俺のおかげと言ってくれはするが、やはり実感がわかない。俺がいたからといっても、やったことと言えばきっかけを作っただけで、使えるようにしたのはスタッフが力を注いだおかげだ。
口には出さなかったが、俺がピンと来てないのは二人にはバレバレで、深々とため息を吐かれてしまった。
「とにかく朝の基礎トレーニングに入ろうか。本番のシミュレータ訓練に朝食抜きで参加するのはごめんだからね」
「そうだね。クリスには死活問題だもんね」
「いや! 朝食の重要性は私に限った話じゃ無いだろう!?」
しかしそんなクリスの抗議はコットンのスタート合図に遮られてしまう。
条件反射か素直に従って走り出したクリスを追いかけて、俺も早朝のトラックへ駆け出すのだった。




