一番聞きたくない言葉
「ん? どゆこと?」
東雲さんはきょとんと首を傾けた。
それはとても温度差のある反応に思えた。
僕の方は息苦しい程の緊張感を覚えているのに、彼女の様子は普段と変わらない。
これが当たり前なのだと思う。
彼女ではなく僕がおかしいのだ。
「……人と、話すことが、苦手です」
声を出すことが怖い。
理由は、ただの思い込み。
分かっているのに治らない。
気が付けば、妹か、画面の向こうの人達としかまともに会話できなくなっていた。
「……東雲さんは、いつも、堂々として、憧れます」
ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
決して考えて喋っているわけではない。なぜか自然と声が出る。だから、これが僕の本音なのだと思う。自分の声を聞きながら、どこか他人事のように僕は思った。
「どうやったら、そんな風になれますか?」
もう一度、問いかけた。
その瞬間、身体が熱くなる。なぜか消えていた緊張感が一気に溢れ出て、背中に嫌な汗が滲む。さらに息が苦しくなった。
……変なこと、言ってないよな?
強烈な不安を覚えながら返事を待つ。
東雲さんは目を閉じて、考え込むようにして俯いた。
「……待って。ちょっと、待ってね」
短い言葉。
それから彼女は深呼吸を繰り返す。
……東雲さん?
意外な反応だった。
彼女のことだから、きっぱりと返事をするのかと思っていた。
「……っば、ダメそ。声、良っ。無理」
何か呪文のような声が聴こえた。
意味は分からない。僕は口を閉じたまま続きを待つ。
「よっしゃ、おっけ、言います」
東雲さんは顔を上げると、真っ直ぐな目で僕を見て言う。
「ぶっちゃけ声が良過ぎて全ッ然話が頭に入りませんでした! もっかいおなしゃす!」
「……はい?」
思わず聞き返す。
彼女は軽く息を吸って、もう一度言った。
「声が良過ぎて話が頭に入りませんでした! もっかいおなしゃす!」
僕は言葉の意味を考える。
いや、難しいことは言っていないはずだ。でも頭に入ってこない。
彼女は何を言っているのだろう?
それを考える程に混乱して、やがて、謎の笑いが込み上げた。
「……東雲さん、本当に声が好きなんですね」
「超好き! 特に君の声マジつぼ! 身体あっつい!」
よく分からないけど、褒められてるのかな?
僕がきょとんとしていると、彼女は真面目な顔をして説明してくれた。
「あたし鼓膜が性感帯なんだよね」
意味は分からなかった。
「風早くん、絶対もっと喋った方が良いよ。その声マジやばいから」
「……やばい、とは?」
「んー? 全身を優しく包まれる、みたいな? ガンッ、じゃなくて、ママみがあるんだよね。空気に溶けるというか、むしろ空気そのものって感じ!」
きっと悪意は無い。
でもそれは、一番聞きたくない言葉だった。






