視聴者に相談してみた
「こんばんは。皆さん、今日はどんな一日でしたか?」
配信開始後、僕はいつもの挨拶をした。
「あみさん、こんばんは、いつもありがとうございます」
コメントのひとつひとつに返事をする。
現在の視聴者は十人。これが百人や千人になったら、きっと同じことはできない。
視聴者が少ない利点だ。
プロより僕を優先する理由があるならば、この一点に尽きるだろう。
「疲れた時は早く寝るのが一番です。身体を温かくして、ゆっくり休んでください」
コメントにはアイコンと名前がある。
開始直後にコメントをくれるのは、どれも見覚えのある常連さん。僕は、彼ら彼女らを友達のように思っている。
「まりかさん、やめてください。昨日のことは、その、忘れて頂けると……」
なんとなく女性っぽい名前が多い気がするけれど、僕に見えるのは文字だけだから考えても仕方がない。
「実は、そのことでちょっと、皆さんに相談があります」
リリのアドバイス通りに話を切り出す。
少し間が空いて「お?」とか「なんだなんだ?」などのコメントが流れる。
普段の僕なら反応している。
でも今日は、少し余裕が無い。
僕は何度か深呼吸をする。
そして、ドキドキしながら打ち明けた。
「同じクラスの人に、身バレしました」
数秒後、一斉にコメントが流れた。
僕は驚いた。大半は「w」とか「マジか」みたいなリアクションの類だけど、コメントの量は過去最多かもしれない。
……この中に、東雲さんのコメントもあるのかな?
そう思った瞬間、緊張感が増す。
「すみません、ちょっとだけ、一方的に喋りますね」
心臓がドキドキして落ち着かない。
でも黙っているより喋っている方が楽だ。
「その人を、仮にKさんとします」
東雲心音。
Sさんだと少し言いにくいから、下の名前を使ってKさん。
配信で使えるのはマイク越しの音声だけ。
だから僕は、なるべく聞き取りやすい単語を使うようにしている。
「Kさんに呼び出され、お金と紙を渡されました。スパチャかっこ物理だそうです」
また一斉にコメントが流れる。
なんというか、楽しそうである。
僕は深刻だけど、皆には笑い話みたいだ。
正直、少し気分が良くない。
でも僕が視聴者側の立場なら同じように笑っていたかもしれない。だからここは深刻になる必要は無いというメッセージだと考えることにした。
「スパチャの内容ですか? 確か、君は本当に面白い女性だね、という一言でした。これは、どういう意味なのでしょうか?」
コメントを貰うために少し待つ。
いつもなら十秒くらいで返事がある。
……あれ?
さっきまで沢山のコメントが流れていたのに、ピタリと止まってしまった。
「やっぱり分からないですよね。僕も不思議でした。だから理由が聞きたい。どうして、僕にあんなことをお願いしたのか」
本人に伝えるつもりで、言葉にする。
「ただ僕は……会話が、苦手です」
相変わらず次のコメントは無い。
でも、聞いてくれていると信じて声を出す。
「質問の仕方、教えてください」
我ながら拙い言葉だった。
こんな表現では、視聴者には何も伝わらないかもしれない。
無音の時間。
僕は息を止めて、ディスプレイを見つめた。
『今みたいな感じで聞けば良いと思うよ』
やがて、ひとつのコメントが現れた。
投稿者は「purin8002x」さん。初めて見る名前とアイコンだった。
その後、見慣れたアイコンと一緒に「俺もそう思う」「頑張れ」などのコメントが流れる。それを見て僕は、とても嬉しい気持ちになった。
「皆さん、ありがとうございます」
それからは、いつも通りの配信に戻した。
僕の配信は視聴者との雑談がメインだ。
たまにゲームをするけれど、今日は雑談だけで終わった。
皆はいつも通りだった。
だけど、普段よりも温かく感じられた。
ならきっと、変わったのは僕の意識だ。
……ちゃんと伝えるって、大事だよな。
自分の話をして、受け入れて貰えた。
たったそれだけのことで、皆が昨日よりも身近な存在に感じられた。
……明日、頑張ってみよう。