テコ入れ
「やられた!」
午後2時頃。
東雲さんが現れると同時に言った。
「上級生と組むとかズルくない!?」
何事かと驚いたけれど多分クロ達の話だ。
学園祭のルールとして、チームは同じ学年で作る、というものがある。だから上級生と同じチームになることはできない。
裏を返せば、別のチームなら問題ない。
クロ達は「イベントの手伝い」という形で上級生達と事実上のチームを作った。何かモノを作るのではなくて、自分達の労働力を売ることにしたのだ。
「流石まつりんって感じだよね」
「認めない! 何あれズルじゃん!」
僕個人としては、東雲さん寄りの意見だ。
でもルールには違反していない。僕たちが知らないだけで、毎年何組か同じことをしている可能性もある。
「今の売上どう!?」
東雲さんがキレ気味に言った。
山根さんはフッと息を吐きながら肩をすくめて、手で丸を作って言う。
「ゼロ」
「むきゃー!」
わっ、初めて聞いた。
怒るとそんな風になるんだ。
「まぁ、これからっしょ。今の時間だと上級生が目当ての暇人か春高の生徒だけだし」
「そーだけど! そーじゃなくて!」
東雲さんは難しい顔をした後、ふっ、と息を吐いてから言う。
「誰か友達とか呼んでない?」
山根さんが首を横に振る。
次に幻中さんがブンブンと首を横に振った。
その後、東雲さんが僕を見た。
もちろん呼べる友達なんて……あ、そうだ。
「夕方頃、妹が来ると思います」
「ま!?」
「……えっと、はい」
多分、本当ですか、という意味の「ま」。
一文字で表現される日本語、ちょっと難しい。
「へー、風早妹いるんだ」
「はい。似てないですけど」
「かわいい?」
「えっと……頼りになります」
「へー、しっかり者なんだ」
僕は気恥ずかしい気分で頷いた。
外で家族の話をするのは初めてかもしれない。
「ところで、妹は春高の受験を考えています。どなたかに推薦文を依頼したいのですが……」
「お~、受験生? いいじゃん。あたし書くよ~!」
「ありがとうございます」
東雲さんが快く受け入れてくれた。断られるイメージは無かったけれど、こうして確かな返事を貰えるのは嬉しい。
「推薦文、風早が書かないの?」
「身内だと評価が少し下がるみたいです」
「あー、そっか。聞いたことあるかも」
山根さんが頷くと、そうだ、と東雲さんが手を叩いた。
「カノノン、書いてみる?」
「!?」
「えー、イケるよ。だって文章上手いじゃん」
幻中さんが必死に首を横に振る。
東雲さんは楽しそうな笑顔で話を続けた。
「これから話せばいいじゃん」
「行ける行ける。カノノン、自分で思ってるより話上手いよ?」
「謙遜謙遜。あたしノリで騒いでるだけだし」
東雲さんと幻中さんは目の前に居る。
でも聞こえるのは東雲さんの声だけ。
「ほら、シノめっちゃ耳良いから」
「……そうですね」
少し前から増えた光景。
幻中さんは無口な印象があるけれど、実は小さな声で話してるらしい。その声を東雲さんだけが聞き取れる。
……僕も訓練したら行けるかな?
そんなことを思いながら会話の成り行きを見守る。
どうやら東雲さんが書くということで決着したようだ。
「妹さん来るの何時くらい?」
「学校が終わってからなので、四時過ぎでしょうか?」
「おっけー! んじゃ、議論してたら直ぐだね」
東雲さんは販売スペースの内側に入ると、バックからノートとペンを取り出した。
「テコ入れします!」
「まだ早くね?」
「でもこのままじゃ絶対負けるよ!」
「まーね。でも無理じゃね? 腹立つけどさ」
「無理じゃない!」
「……まー、やるだけやりますか」
山根さんは渋々という様子で頷いた。
僕はもちろん、全面的に同意する。何か名案が浮かぶわけではないけれど、東雲さんに協力すると決めている。だからギリギリまで悩み続けたいと思う。
その後、僕達は議論を続けた。
しかし「これ」という案は浮かばず、やがて記念すべき一人目のお客さんが現れたところで、議論は一時中断となった。
「初めまして。いつも一颯さんがお世話になっています」
春高の近くにある中学の制服。
天然の銀髪と緑色の瞳、僕よりも頭ひとつ大きな女生徒。
「紹介します。妹のリリです」
僕がリリの隣に立って言うと、東雲さん達は目を丸くした。
それからポカンと口を開けリリを見上げ、やがて「えぇ!?」と大きな声を出して反応した。






