偵察
東雲心音は学園祭を満喫していた。
「カノノン見てこれ! 声帯の模型!」
「……どこに需要があるの」
「ここ!」
彼女と共に行動する幻中花音は頬を引き攣らせて言う。
「……やっぱり変態なのね」
「あはは、酷くない? 別に普通じゃん?」
一見、二人の会話は普通に成立している。しかしそれを見る店番の生徒には心音が一人で会話しているように見えていた。
単純に花音の声が小さいからである。
蚊の鳴くようなその声を、しかし心音の耳は聞き逃さない。
「……買うの?」
「んー、もう持ってるからパスかな」
次行こ! と言って手を引く心音。
花音は色々なツッコミを我慢して、フヘヘと笑みを漏らした。
なんか友達っぽい。
見た目が派手な美少女と学祭をまわる。
なんか青春っぽい。
花音は優越感に近い何かを感じていた。
「今の人体色々模型店もそうだけど、みんな発想力すごくない?」
「……そ、そうね」
「カノノンの暫定一位どこ?」
「……ソフトクリーム屋、かしら」
花音は自分でも聞き取れないような大きさの声で言った。それは学祭の喧騒に呑まれ、普通なら絶対に聞き取れないものだ。
「あー、あれ美味しかったよね!」
しかし心音にはだけは伝わる。
自分の声が小さいことを痛感している花音にとって、それはとても嬉しいことだった。
「でもやっぱ、上級生、凄いよね」
場所は廊下。
心音は足を止め、外を見た。
「……まるで壁サーね」
「あはは、それな」
そこにあったのは行列。
三年生の出し物──握手会。
「現役アイドルとかチートだよね」
「……そうね」
春高の学園祭には、毎日数万人以上の客が集まる。それは主に、社会的な影響力を持つ上級生の力である。
アイドルなどの芸能人。SNSで多くのファンを持つインフルエンサーなど。
このため、その圧倒的な集客のおこぼれを狙う作戦を選ぶチームも多い。
行列に向けた飲食。
露骨に有名人を表紙にした写真集。
とても高校生の出し物とは思えないような集金戦略が、そこにはある。
「一位は、ああいうとこかなぁ」
「……」
心音は、どこか悔しそうに呟いた。
花音は真面目な雰囲気を感じ取って口を閉じる。単純に、返す言葉が見つからない。
「カノノン、来年はあたし達が壁サーだかんね」
「……来年?」
「ううん、なんでもない! 次行こ!」
露骨な否定。
花音でも嘘だと一目で分かった。
「む!?」
「……ど、どうかした?」
窓から顔を逸らした心音。
しかし直後に二度見して窓に顔を付けた。
「あー! あいつらっ、マッ、はー!?」
驚愕と怒りと混乱が混ざったような声。
花音は何事かと心音の目を追うが、それを見つけることはできなかった。
「……何を見ているのかしら?」
「カノノン戻るよ! やられた!」
心音は花音の手を引き、走り出す。
「……待って、はや、ゆっくり!」
「カノノンおっそーい!」
50メートル走9秒台の瞬足では、心音に追い付けない。しかし手を引かれ離れることもできない。
せめて状況を説明してくれと思いながら、花音は転びそうになる足を必死に動かして、その背中を追いかけたのだった。