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お前なに急に発情してんの?

「風早ちょっと来い」


 昼食の後、僕は山根さんに呼ばれた。

 何の用事だろうと思いながら後ろを歩き、人の多い廊下で立ち止まった。


「隣、立て」

「……はい」


 とりあえず従う。


「シノの聴力やばいから。逆にこっちの方がバレないのよね」

「東雲さんですか?」

「そう」


 彼女は頷いた後、首を振って周囲を見た。

 それから僕を睨み付けて言う。


「お前なに急に発情してんの?」


 彼女こそ急に何を言っているのだろう。


「それは、どういう意味でしょうか?」

「お前まさか無自覚なわけ?」

「……何か不愉快でしたか?」


 恐る恐る問いかける。

 彼女は深く溜息を吐いて、しかし鋭い目を維持したまま僕に言う。


「お前シノのこと好きだろ」


 ……っ!


「試験中、なんかあったろ」

「……なんで、そう思うんですか?」

「逆にどうしてバレないと思うわけ?」


 試験中に話をしたことは事実だ。

 でもあれは……好きとか、そういう恋愛的な話ではなかった。


 ……あの話、言っても良いのかな?

 僕が言葉を探していると、山根さんは少し強い口調で次の言葉を口にした。


「お前、昼休みの前に誰かと話したろ」

「……見てました?」

「知らんけど、態度で分かるし」


 ……僕、そんなに不審だったのかな?


「何吹き込まれたわけ?」


 僕は口を閉じ、俯いた。

 周囲にはたくさんの人が居て、騒がしい声を出している。山根さんが言った通り、こういう場所で会話した方が、逆に盗み聞きされないのかもしれない。


 でも僕には少しハードルが高い。

 例えば目の前で話している男女三人組。

 僕達を気にしている様子は無いけど、本当に聞こえていないのだろうか?


「おい、無視すんな」

「……すみません」


 腕を引かれ謝罪する。

 とりあえず何か言うしかない。


 こういう時こそ誠実に。

 僕は頭の中を整理しながら質問に答えた。


 東雲さんから野望を聞いたこと。

 クロから付き合う云々の話をされたこと。


 そして山根さんの言う「好き」が分からないこと。全て伝えると、彼女は呆れたような顔をして言った。


「お前マジ?」

「……東雲さんに対して何か不思議な感覚があるのは自覚してます。でもその、分からないというか……恋愛というのは、どういう感情なのでしょうか?」


 僕が言葉に詰まりながら言うと、彼女は深く溜息を吐いた。


「なんかもういいや」


 ……呆れられてしまったようだ。


「シノの邪魔はするな。これだけ覚えとけ」

「それは、もちろんです」

「……あっそ」


 山根さんは退屈そうに言って、そのまま歩き始めた。多分、図書室へ向かうのだろう。


 ……納得、してくれたのかな?

 少し消化不良な感じはするけれど、その背中を追いかける。


 彼女に伝えた通り、好きとか、そういう恋愛的な感情は、よく分からない。


 リリに抱くような家族愛と違うことは知っている。でも……いや、警告されたばかりだ。せめて学園祭が終わるまでは、集中しよう。


 気持ちを新たに図書室へ向かう。

 それから各商品の名前を決め、準備をして──あっという間に学園祭が始まった。

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