雑念
学食。僕の通っていた小中学校には無かった施設。
とても広々としたレストランのような場所。多分、席の数は百以上ある。今日は学園祭直前の特別営業ということで、土曜日であるにも関わらず繁盛している。
東雲さん達は、券売機の近くで待っていた。
「すみません、遅くなりました」
「全然いいよ。風早くん、何食べる?」
当たり前だけど、東雲さんはいつも通りだ。
「……ん? どうかした?」
「いえ、えっと、日替わりランチにします」
「あはは、なになに? また考え事?」
「なんでもないです」
彼女の笑い声を背に券売機へ向かう。
その間、できるだけ心を無にした。
……大丈夫。突然の話で、ビックリしてるだけ。
恋愛とか考えたことがない。
そもそも今はそういう場合じゃないと思う。
……学園祭、最優先!
自分に言い聞かせながら食券を買う。
その間、背後から楽しそうな声が聞こえていた。
「てか、これでゆかりん以外は日替わりランチだね」
「私ピーマン無理」
「あはは、子供かよ」
「シノだって声フェチの妖怪じゃん」
「あはは、妖怪だってさ」
「カノに振るなし。お前だし」
幻中さんスッカリ打ち解けたな。
そんな感想を胸に四人で移動して、食券と料理を交換した後で窓際にあるテーブル席に座った。
「意外と余裕で座れたね」
「ボッチいないからじゃね?」
「あー、確かに。それはありそう」
東雲さんと山根さんの会話を聞いて、たまたま僕も「賑わってるけど楽に座れた」と思っていたので、山根さんの言葉を聞いて、なるほど、と思った。
多分、どの机にも学園祭に参加するチームが集まっている。だから一席の平均人数が多いというか、効率が良いのだろう。
「本番もこれくらい効率良く回したいよね」
「まず客来るかどうかじゃね?」
「絶対来るよ。だって良い物できたもん。ねっ」
「……あ、はい、えっと、がんばりました」
ビックリした。
やっぱり急に声かけられるの、慣れないな。
「ねっ」
「……っ!?!?」
あはは、幻中さんも僕と同じみたいだ。
むしろ僕より驚いてて、ちょっと安心するかも。
「失敗した」
と、急に東雲さん。
「皆同じだからおかず交換とか無理じゃん」
「おー? 私のかき揚げが欲しいのか?」
「風早くん、コロッケとコロッケ交換しよ」
「いや意味ないじゃんそれ」
会話のテンポが速い。
僕が必死に内容を追いかけている間に、ひょいとコロッケがさらわれてしまった。東雲さんはそれを幻中さんの皿に乗せる。
「!?」
彼女は困惑した様子で僕と東雲さんを交互に見た。
それを見て東雲さんが笑う。
「食べ物で遊ぶな」
「ゆかりん、さては嫉妬だな?」
「違う」
「何と交換する?」
「私うどんだから」
「油揚げ乗ってるじゃん」
「これ取ったら絶交だから」
二人が会話する間も、突然コロッケを供給された幻中さんがあたふたしている。
これどうするの、どうすればいいの、という声が聞こえてくるようだ。
「東雲さん、コロッケいいですか?」
「もち~。てか早く取ってよ」
僕の予想通り、時計回りに交換する予定だったみたいだ。
突然なのはアレだけど、少しだけ東雲さんのことが分かってきたかもしれない。
コロッケを拝借して、幻中さんに視線を送る。
彼女は高速で瞬きを繰り返した後、ハッとした反応を見せて、恐る恐る自分のコロッケを東雲さんのお皿に移した。
ニッと笑う東雲さん。
幻中さんは嬉しそうに笑顔を咲かせた。
「カノかわいい。犬みたい」
山根さんが言うと、また幻中さんは慌てた表情を見せる。
その姿を見て山根さんと東雲さんが笑う。
僕は、なんとなく、隣に座る東雲さんの横顔を見た。
──キスくらいはしたのか?
クロの声が脳裏に蘇って、途端に顔が熱くなる。
……なんだこれ、なんだこれ。
経験したことの無い感情に戸惑う。
まさかこれが……いやいや、結論を急ぐべきじゃない。
ちょっと慌ててるだけ。
キスとか、そういう話に免疫が無さ過ぎて、動揺しているだけ。
「風早くん? おーい、どうしたの?」
「……あ、はい! なんでしょう?」
「あはは、また考え事? あっ、もしかして良い商品名思い付いた?」
いつも通りの笑顔を見せる東雲さん。
とても魅力的だと思う。だけどこれは……恋、なのだろうか?
「……忘れちゃいました」
「なにそれー! じゃ次思い出したら直ぐ言って。メモるから」
「はい、そうします」
僕は彼女から目を逸らして、食事をする。
余計なことを考えないため無心で食べ続けた。
だから、僕を見る視線に気が付かなかった。






