勘違い
東雲さんは言った。
やりたいことがある。しかし親から反対されている。
そのうちに条件を出された。
それは親よりも多くの収入を得ること。
具体的には、年収五千万円以上。
僕はまだ働いたことが無い。
妹と暮らすための生活費は親からの仕送り。
だから、年収いくらと言われても、単純に数字が大きいか小さいかという印象しか持てない。東雲さんの夢がどれくらい困難なのか、ふんわりとしか分からない。
それでも、せめて今だけでも、その夢を一緒に追いかけることに決めた。
かっこいいと思った。
彼女のようになりたいと思った。
この気持ちは初めて話をした日と同じだ。
同じ……はずだ。
* * *
無事に試験を突破した僕達は、準備を続けた。
部活みたいに毎日集まって、昼休みにも土日にも放課後にも活動した。
そして今日は、学園祭直前、最後の土曜日。
月曜日と火曜日の二日かけて準備が行われる。そして水曜から日曜までの五日間が本番となる。
僕達は今日も図書室に集合した。
目的は商品の名前と値段について考えること。
商品自体の審査は事前に受けている。
これの名前と値段がパンフレットやホームページに掲載されるのは火曜日からであり、申請できるのは月曜日の終わりまで。その後はプログラムで自動的に処理され、変更できない。
僕達の目線は、机の隣に用意したホワイトボードに向けられている。そこには直前にブレストをして出した案が記されている。
ホワイトボードから見て右側に僕と東雲さん、左側に幻中さんと山根さんが座っている。しばらく無言の時間が続いた後、東雲さんが机に頬杖を付いて言った。
「べつに商品名とか何でも良くね? どうせ皆サンプル見て決めるっしょ?」
「ゆかりん甘い。小説ならタイトルだけでPV激変するどころか感想まで変わる時代だよ! 商品名、ちょー大事だかんね!」
商品は十二個ある。
春高の入試対策を目的とした五教科分の音声教材と、安眠用の音声作品。それぞれ男性ボイスと女性ボイスを用意するため、幻中さん以外の声を録音した。
安眠用……今考えても、あれでどうやって眠るのか疑問だけど、東雲さんが言うのだから多分正しいのだろう。
議論は難航した。
午前中には決まらず、お昼を迎える。
一旦、休憩ということになった。
今日は学食も開かれているため、そこで食べることに決まった。
四人で移動する途中、あらためて学園祭が近付いていることを感じた。
あちこちから声が聞こえるのはもちろんだけど、どこを見ても人の姿がある。
「あの、先に向かっててください。お手洗い行ってきます」
途中、僕は分かれてトイレへ向かった。
それから目的を果たして外へ出た後、偶然、知り合いに出会った。
「風早、やっぱり来てたのか」
クロである。
彼は学校のジャージを着ていた。
「クロの方こそ。学園祭のため、だよね?」
「もちろん」
相変わらず爽やかな笑顔である。
東雲さん達が「勝負」を決めて以来、お昼休みは、それぞれのチームで集まることになった。
僕とクロが会話する機会は、体育の授業か、ちょっとした授業の合間。そして一応はライバルということで、互いに学園祭について話すことはなかった。
「悪いが、勝負は勝たせてもらうぞ」
「こっちこそ。負けないよ」
僕が言い返すと、クロは驚いた表情を見せた。
「まさか言い返されるとは思わなかった」
「……確かに」
言われてみれば、不思議だ。
これまで僕は勝負事に関わった記憶がほとんど無い。
「東雲と上手く行ってるようだな」
クロの声を聞いて思考を中断する。
「うん、上手く行ってると思うよ」
正直、彼女の本音は分からない。
だけど、客観的に、良好な関係ではあると思う。
「キスくらいはしたのか?」
あまりにも予想外で、突然の言葉。
「……なんで?」
思ったことを素直に言うと、今度はクロがぽかんとした。
「風早は東雲と付き合いたい。そうだったよな?」
「うん、そうだね」
クロは頭を抱え、考え込む様子を見せる。
僕も考える。何か、間違えているのだろうか?
「えっと、付き合うって、要するに、友達のことだよね?」
問いかけると、クロは目を見開いた。
「あれ、違った?」
「……ああ、違う」
クロは笑い交じりで、僕に言う。
「付き合いたいかってのは、恋人同士になりたいのかってことだ」
「……こい、びと?」
……え、そうだったの?
待てよ。それじゃ僕、配信で──
「恋人!?」
「あはは、本当に知らなかったのかよ」
わわ、すっごい勘違いしてた。
でも良かった。東雲さんに直接言ったことは……配信、聞かれてないよね?
「なら、そっちの意味だと、どうなんだ?」
「いやっ、そんな急に、えっと、考えたことないというか……」
「風早、焦るとそんな風になるんだな」
「……クロ、からかってる?」
不満を込めた視線を送る。
彼はひとしきり笑った後で言う。
「悪かった。じゃあ逃げるようで悪いけど、俺は行くよ」
「……うん、またね」
後ろ向きに手を振って去るクロの背中を見送る。
それから僕は何度か深呼吸をして、学食へ向かった。






