Side:視聴者S
風早くんの様子がおかしい。
ゆかりんと話をした後から明らかに壁を感じる。
「あのチビ絶対に余計なこと言ったよね」
唇を尖らせながらレインを開く。
確認するのは元凶とのやりとり。
──本当は風早くんに何言ったの?
──教えない(熊が舌を出すスタンプ)
「風早くん、配信で何か言わないかなぁ」
配信用のアプリを起動する。
そこで不意に過去の記憶が蘇った。
──Kさんと付き合いたいのかと聞かれて
「あれもな~! 結局聞けてないよな~!」
あれ以来、実は配信を見ていない。
ぶっちゃけ勘違いだろうなぁという感触はある。だって、あの風早くんが全世界に向けて恋愛相談とかするわけない。
「……声が、聴きたいだけだから」
ベッドで仰向けになり、誰かに言い訳をしながらスマホを操作する。
配信が始まるまで残り十分弱。
私は目を閉じて、深呼吸を繰り返した。
「あはは、試験勉強もしないで何やってんだろ」
妙な緊張と罪悪感をごまかすように笑う。
その後は楽しみという感情だけが残った。
私は風早くんがしゅきである。
好きとしゅきは違う。
これは恋愛感情ではない……と思う。
テレビで見るアイドルとか、小説の中に出てくる王子様なんかに向ける感情と近い。
そもそも、ありえない。
私に恋愛している余裕なんか無い。
「……あのチビ、もしかしてこれ言った?」
多分、自分でも驚く程に低い声が出た。
風早くんの声が聞こえたのは、その直後。
『こんばんは。皆さん、今日はどんな一日でしたか?』
「イッくん来ちゃあああ~♡」
やっぱりしゅきぃぃぃぃ!
うへへ、やっばい、ダメになりゅぅ~♡
『今日は、皆さんに報告があります!』
「報告?」
我に返って画面を見る。
そこそこのペースでコメントが流れ、久々の学園トーク来るか!? という具合に期待感が伝わってくる。
「あたしクジ運やばくね?」
久々という表現だけれど、前回からそれほど日数が経過しているわけではない。
身バレ。付き合う。今回。
私が見る時に限って、何かこう、衝撃的な話をしている……かもしれない。
「……いやいや、全然関係無いかもだし」
『今、とても気になっている相手が居ます』
「風早くん!?」
落ち着け落ち着け。
きっと言葉が足りないだけで、そのままの意味だ。最近の態度を見ていれば分かる。
『はい、Kさんです』
彼がコメントに返事をした。
私は思考を中断して耳を傾ける。
『この言葉を伝えたら、これまでの関係ではいられなくなるかもしてません』
「いやいや大袈裟だから」
『でも、この気持ちを抑えるのはやめることにしました!』
「風早くん!」
言葉選びがおかしいよ!
あたし昨日までの様子見てなかったら絶対勘違いしてるからね!
『だから決意表明です。妹にアドバイスされまして、誰かに言えば、引き下がれなくなるって』
「待って風早くん妹いるの!?」
衝撃の新情報に驚いたのは私だけではない。
画面にも妹さんに関するコメントが一斉に流れた。
「コメント早いなぁと思ったら視聴者数87人。順調に増えてる」
冷静に呟いた後、えいやと画面を消した。
なんとなく、これ以上は聞かないべきだと思った。
「……試験勉強しよ」
少しの間ぼーっとした後、身体を起こして机に向かう。
それからノートをパラパラと捲って明日の試験範囲を確かめた。
直ぐに欠伸が出た。
だって、全部、中学までにやった内容だから。
「……風早くん、何聞いてくるのかな」
ノートを閉じて、呟いた。
今の私には、こっちの方が重要だ。
「……あのチビ、どこまで言っちゃったのかなぁ」
ゆかりんとは長い付き合いだ。悪意のあることは言ってないと思う。それくらいの信頼はある。大方、風早くんを試しているのだろう。実に重たい友情。嫌いじゃないけどね。
「……難しいなぁ」
ぼんやり呟いて、机に突っ伏した。
その夜は、いつもより少し長く感じられた。