友達の友達
彼女はとても楽しそうな様子で言った。
……どこまで?
僕は心の中で首を傾げる。
……悩むより聞く、だよね。
これまで教訓を思い出す。
それから数秒だけ言葉を探して、問いかけた。
「どこまで、とは?」
「またまた~」
山根さんは少し大袈裟に手を振った。
そして次の瞬間、何かが僕達の間を横切った。
……シャーペン?
「その話続けたら一ヵ月ふりかけ呼びするからね!」
「んなっ! ふりかけ言うな声フェチ妖怪!」
「すぐ戻るから!」
どうやら東雲さんがシャーペンを投げたようだ。
……もしかして、どこまで、って東雲さんに意地悪する質問だったのかな?
ぼんやりと考えながら床に落ちたシャーペンを拾って机に置く。
……山根さん、すっごい不機嫌になってる。
多分、ふりかけ、という呼び名が本当に嫌なのだろう。
詳しいことは分からないけど、これは触れない方が良さそうだ。
「風早さ」
「はいっ」
突然の呼びかけに背筋を伸ばす。
彼女は目を細めて、出入口の方を一瞥してから小さな声で言った。
「お前、なんなの?」
「……はい?」
質問の意図が分からない。
不思議に思っていると、彼女はペットボトルを握り、残りを一気に飲み干した。
「私さ、シノとは結構古い付き合いなんだよね」
……本当に、何の話だろう?
「あいつ全人類マブとか言いながらさ、ちゃんと付き合う相手は私らくらいなわけ。でも最近、急に男子と絡み始めて? しかもそいつ私が知らない人」
彼女はペットボトルを僕に突き付けて言う。
「気になるじゃん?」
威圧感のある言い方。
……ああ、そうか、そういうことか。
山根さんと東雲さんは友達。
僕と東雲さんは、ギリギリ友達。
僕と彼女は、友達の友達。
極端な言い方をすれば知らない人だ。
知らない人が知っている人と仲良くしていたら気になる。彼女が言っているのは、きっと当たり前のことだ。
……全然わからなかった。
初対面から今に至るまで、彼女と二人で会話したことは無い。常に東雲さんが一緒だった。だから、こんな風に僕を見ていたなんて考えもしなかった。
「私はシノが好き」
僕が黙っていると、彼女は不機嫌そうに言った。
「お前は? シノのこと、どう思ってんの?」
真剣な質問。
それを聞いて僕は、すごいと思った。
「……東雲さんのこと、本当に好きなんですね」
「今お前の話してんだけど?」
「僕は、尊敬してます」
「は?」
刺々しい態度。正直ちょっと怖い。
僕にできることは、誠実に答えることだけ。
「東雲さんには、突然声をかけられました」
後ろめたいことなんてない。
なら、恐れる必要はどこにもない。
「正直、彼女の考えは、分からないです」
僕の声を気に入ったことは分かる。
もちろんそれだけとは思えない。でも他の理由は考えても分からない。
「でも、東雲さんが色々なことを考えていることくらいは分かって、会話の時も相手のことをよく考えていて、今日だってあんなにも色々な意見を用意して……本当に、尊敬してます」
まとまりのない言葉。
だけど僕にすれば上出来だ。
だって、睨まれている。
相手は身内じゃなくて、ほとんど話したことの無い人だ。
「僕は、東雲さんみたいになりたい」
それでも堂々とした言葉が出てくる。
ほんの数日前までは考えられなかったことだ。
「……」
山根さんは僕をじっと見て、次の瞬間、ふふっ、と吹き出した。
「風早、何言ってんの?」
「……何か、おかしかったですか?」
「おかしいよ。シノみたいになりたいって……よく真顔でそんなこと言えるね」
心底楽しそうに笑っている。
何か間違えただろうか? 内心焦りを覚えていると、彼女は軽く呼吸を整えてから言った。
「一個だけ教えてあげる」
「……はい」
「シノにとって、この学園祭は遊びじゃない」
「……どういうことですか?」
彼女は机に頬杖をつき、
「内緒」
本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、そう言った。
それから数秒後、どたばたとした音が聞こえて、東雲さん達が戻った。