究極の勉強法
僕は戸惑いながらルーズリーフの束を受け取り、内容を確かめる。
『文学少女((名前))と数学妖精の一幕』
パッと目に入ったのは謎の文字列だった。
「あたしが提案する究極の勉強法です」
東雲さんが解説を始める。
「風早くんが読むじゃん? あたしら聞くじゃん? 全部頭に入る~!」
冗談のような提案。
でも東雲さんの顔はマジだ。
僕は混乱しながら他の二人の様子を見る。幻中さんは僕と同じような表情で、山根さんは何か察した様子で笑みを浮かべていた。何を察したのだろう。
「風早くん、まだ?」
目を閉じて耳に手を当てている。
今日は幻中さんの学力アップを目的とした勉強の認識だったけれど……いや、きっと何か深い意図があるに違いない。信じるんだ。
僕は再び謎の教材を見る。
『文学少女((名前))と数学妖精の一幕』
……((名前))は、どう読めばいいのかな?
「文学少女かっこ名前と数学妖精の一幕」
「あ、かっこには名前を入れてね。とりま今回は花音で」
東雲さんから指摘が入った。
その直後、ドンという鈍い音。
目を向ける。
幻中さんが口をパクパクさせていた。
「マモちゃんおもしろ」
それを見て山根さんが笑う。
一方で、幻中さんは何か訴えかけるような目で僕を見ている。
何を伝えたいのだろう。
数秒後、僕は彼女の下の名前を思い出す。
……そうだ、花音って幻中さんの名前だ。
「文学少女で通した方が良いですか?」
幻中さんに問いかける。
彼女はビクリと肩を震わせて、何だか複雑そうな表情をした。
……あれ、自分の名前を使われるのが恥ずかしいのかと思ったけど、違ったのかな?
「間を取って心音でいんじゃね?」
「ちょっ!?」
東雲さん達が騒ぎ始めた。
僕は様子を見ることにする。
こういう時、自然と会話に入れることが理想だけど、まだ難しい。
やがて三回読むことに決まった。
僕を除く三人の名前を入れるアイデアだ。
疑問点は多い。
でも楽しそうな雰囲気を崩したくない。
僕は提案を受け入れ、東雲さんの用意した教材を読み始めた。
──舞台は学校の教室。
テスト勉強をしていた少女が「数学嫌い」と呟き、それを聞いた妖精が授業をするために現れる。そして愉快な会話をしながら少女の苦手を克服する……という内容だ。
とても不思議な設定だけど分かりやすい。
要点が見事に抑えられており、この内容を理解すれば赤点は回避できるはずだ。
ひとつ気になるのは、三人の反応。
山根さんはともかく、残る二人も笑いを堪えるように唇を強張らせていた。
でも、僕にできることは読むことだけ。
一回あたり十五分くらい。それを三回連続だから、終わった時は少し喉が痛かった。
「ほい、お疲れ」
「ありがとうございます」
途中で席を外した山根からペットボトルを受け取る。中身は冷たい水だった。自販機で買ってきてくれたのだろう。
「百円ですよね?」
「いいよ。面白かったから。奢りー」
……どうしようかな。
僕の感覚で言えば、百円は大金だ。
もちろん日々の生活費はもっと多い。
でも僕が自由使えるお金に限定すれば、月に三千円くらい。仮に毎日百円のジュースを買ったら、それだけでお金が尽きる。
でも山根さんは全く気にしていない。僕が無理に遠慮したら、それはそれで失礼かもしれない。
「……いつか、何か返しますね」
「うぃー」
今の返事、流行ってるのだろうか?
ともあれ、イマイチ効果の分からない音読会が終わった。
「んじゃ、これもっかい解いてみて。制限時間は十分ね」
東雲さんが幻中さんに数学の問題用紙を渡して言った。
それを妙に穏やかな表情で受け取った幻中さんは、サッと長い髪をかき分けた後、ものすごい勢いで問題を解き始めた。
「これで解けたら笑うんですけど」
「ゆかりん静かに」
「ほーい」
確かに良い教材だった。
でも僕の感想は山根さん寄りだ。
どれだけ良い教材でも、言葉だけ。
数学は複雑な図が多いから、聞くだけで理解するのは難しいはずだ。
かくして十分後、アラームが鳴る。
東雲さんは回収した用紙に赤ペンを走らせて、
「七十二点!」
と、噓のような高得点を口にした。
それを聞いた山根さんの笑い声が図書室に響き渡る。
僕は点数はもちろんだけど、彼女の反応にも驚いた。だって山根さんはいつも眠そうな顔をしているから、もっと感情の起伏が小さい印象だった。
……こんな風に笑う人なんだ。
「ふっふっふ、はーっはっはっは!」
こちらは東雲さん。
急にどうしたのだろう?
「やばいキノコ食べちゃった?」
「発表します!」
山根さんの毒舌を無視して、東雲さんは今日一番に声を張り上げる。
そして鞄から丸めた紙を取り出すと、それを真っ直ぐに伸ばした。
紙の正体はポスター。
可愛らしいイラストの添えられたそれを手に、彼女は言う。
「これが! あたしのビジネスプランです!」






