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実力試験

「おはよー、二人とも早いね」


 相変わらず存在感のある声。

 勉強を中断して目を向けると、東雲さんは楽しそうな様子で手を振った。


「うぃー」


 そして謎の挨拶をして僕の隣に座った。


「私はこっちー」


 眠そうな声で言ったのは山根さん。

 東雲さんと一緒に現れた彼女は、幻中さんの隣に座るや否や机に突っ伏した。


「……ねむー」


 ……大丈夫かな? 体調悪いとか?

 少し不安になって東雲さんに目を向ける。彼女は鼻歌まじりにスクールバッグからルーズリーフの束を取り出して机に置いた。


「たららったら~ん! 昨夜がんばって作った教材で~す! ぱちぱち~!」


 僕は東雲さんと山根さんを交互に見る。

 ……よく分からないけど、東雲さんが気にしてないなら、大丈夫なのかな?


「これ凄くない? 手書きだよ? メッチャ頑張ったべ?」

「ほんとだ。これ一晩で作ったんですか?」

「まあね」

「流石ですね」

「まーあね!」


 山根さんとは対照的に、東雲さんは朝からとても元気だ。彼女の溌溂とした声を聞くと、自然と僕の方まで元気になる。


 ふと東雲さんの目を見て、充血していることに気が付いた。多分、昨夜からずっと教材を作っていたのだろう。

 

 ……やっぱり、凄いな。


 本当に尊敬する。これだけの教材を一晩で用意するなんて僕には無理だ。しかも、それを出会って間もない相手のためにやっている。きっと疲れてるはずなのに、笑顔を決して崩さない。


「こほん、まずは実力テストです」


 彼女は咳払いをした後、キッと身が引き締まるような声で言った。


「五教科用意しました。解いてください」


 東雲さんはホッチキスで留めた問題用紙を全員に配った。


 ……僕の分もあるのか。


 言われてみれば当然かと思いながら、ざっくりと問題を見る。

 一瞬まさかと思ったけれど、流石に印刷だった。多分手書きでひとつ用意した後にプリンターで増やしたのだろう。


「とりま実力見たいから、一個十分くらいでよろー」


 東雲さんはスマホを操作して、机の上、四人の重心あたりに置いた。見るとタイマーが開始されている。一時間に設定したらしい。


「あ、もう始まってるんですね」

「そこ、私語は慎むように。あとゆかりんは起きなさい」

「……んー」


 山根さんは気怠そうに顔を上げ、東雲さんを見る。


「シャーペン貸して。出すのめんどい」

「うぃー」


 そんなこんなでプチ試験開始。

 僕は初めに全体をざっくり見て、その質に驚いた。本当の試験みたいだ。


 ……ちょっと時間足りないかも。


 頭を切り替えて集中する。

 それなりに勉強してるつもりだけど、一時間で五教科を解くならミスを修正する時間が無い。東雲さんが言った通り、パッと見て解けるレベルの実力が要求される内容だ。


 ……難しいパートは捨てよう。


 春高の試験は、いつも形式が同じである。

 いわゆる大問が五個有り、各問題の配点が二十点となっている。


 一番簡単な問題は基礎的な知識の穴埋めで次が応用。それから共通試験レベル、二次試験レベル、専門レベルと難易度が上がる。


 専門レベルは、ほぼ解けない。だから僕の場合は共通試験レベルまではミスが許されない。逆に言えば、時間配分的に専門レベルを捨てても点数が変わらない。


 分かる問題だけサクサク回答する。

 何度か時計を気にしながら解き進め、最後の教科が終わった時、残り時間は約五分だった。


 ……この解き方でもギリギリか。


 軽く息を吐いて、見直しを始める。

 その間、周りからシャーペンを走らせる音が聞こえて、なんだか本当に試験を受けているような気分だった。


 ……東雲さんも解いてる?


 音は隣からも聞こえる。

 復習か、それともネットや参考書から抜粋した問題なのか、どちらにせよ、派手な外見とは裏腹に、春高生らしく真面目な人だなと思った。


 ……幻中さんは大丈夫かな?


 彼女は理系科目が苦手だと言っていた。

 問題を解いた感覚からして、おそらく次の試験は今回と同等のレベルだ。試験まで時間も無いから、ここで四十点以上は取れないと相当厳しいだろう。


 ……心配してる余裕なんてないけど。


 内心で苦笑して、少しでも点数を上げるために時間を使う。


 体感時間は一瞬。

 直ぐにタイマーが鳴った。


「おわりー! 回収します!」


 それから赤ペンに切り替えた東雲さんが目にも留まらぬ速さで採点をして、


「結果を発表します!」


 一枚のルーズリーフに恐らく各自の点数を記し、僕達に見せた。


 ……点数見られるの、ちょっと恥ずかしいかも。


「やー、自分で用意しといてアレだけど、最後の大問やばかったね。やり過ぎちゃった」


 ケラケラ笑う東雲さんの声を聞きながら点数を確認する。僕は……全教科、七十点前後だった。どうにか赤点は無い。


 ひとまず安堵して、他の人も見る。


「やーでも、ゆかりん流石だね。どんな勉強してんの?」

「べつにー? ただ親が厳しかったから過去の貯金みたいな感じ?」

「出た。上級国民」

「シノに言われたくない」


 東雲さんが感嘆した通り、山根さんは全教科で九十点以上だった。これは本当に凄い。


 一方で、東雲さんも文系科目で八十点、理系科目で九十点以上取れている。


 ……東雲さん、理系の方が得意なのか。


 意外に思いながら幻中さんの点数を見る。

 文系科目は七十点後半で、理系科目は……


「マモちゃん、これマジ?」


 理系科目は、三十点台だった。


「……」


 幻中さんが気恥ずかしそうな様子で俯いた。そして気まずい沈黙が生まれる。しかし直後に東雲さんが机を叩き、力強く言った。


「こんなこともあろうかと! 用意しました最強の教材!」

「おー」


 山根さんがパチパチと拍手した。

 東雲さんは新たなルーズリーフの束を鞄から取り出して、なぜか僕に差し出した。


「じゃ、これ、読んで!」

「……はい?」

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