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会話が苦手な二人で

 土日の学校は、当たり前だけど普段よりも静かだった。

 人の姿はある。でも平日よりも明らかに少なくて、テスト前だからか部活が行われている様子も無い。


 僕は普段通りに靴を履き替え、静かな廊下を歩いた。

 そのまま真っ直ぐ向かった集合場所の図書室に入ると、既に人の姿があった。


 ……早い。まだ三十分前なのに。


 目が合って、互いに会釈する。

 僕は少し悩みながら移動して、彼女の斜め前の席に座った。


 ……何か、話した方がいいよね?


 勉強会の主な目的は、彼女の赤点回避である。

 教えるのは基本的に東雲さん達だと思うけど、見慣れない相手が傍に居ることで、変に気を遣わせてしまうかもしれない。


 ……まずは自己紹介かな?


 彼女に目を向ける。

 今は、本を読んでいるようだ。


 ……ど、どうやって声をかければ。


 落ち着け。普通に喋るだけだ。

 例えば東雲さんみたいに、うぃー、って感じで……その先どうする?


 ……やばい、目が合った。


 咄嗟に逸らして、待て待てと思い直す。

 チャンスだった。今のをきっかけに喋るべきだった。


 ……もう一回。


 ゆっくり目を向ける。

 そしてまた目が合った。


「……」

「……」


 互いに何も言わず、時が止まったのではないかと錯覚するような時間が流れる。

 やがて彼女が瞬きをした。それを合図にして、僕は口を開く。


「……あの」


 彼女はビクリと肩を震わし、背筋を伸ばして身体を正面に向けた。もちろん、その視線の先に僕の姿は無い。


「今日は、その、よろしく」


 少し軽い感じで挨拶をした。

 彼女は僕を正面を交互に見て、やがて俯いた。


 とても不思議な動き。

 なんだか鏡を見ているような気分だ。


 ……多分、心の中は大騒ぎなんだろうな。


 口数が少ないイコール何も考えていないわけではない。もちろん口数が多い人の心を覗いたことなんて無いけど、どちらにせよ、相手が何も考えていないか、それとも何か考えているのかくらいは、なんとなく分かる。


 やっぱり親近感がある。

 まだ普通に会話したことは無いけど、何となく、自分と似ているような気がする。


 僕はテンポの速い会話が苦手だ。

 色々と考えてしまうから、その途中で話題が変わると混乱する。


 彼女は今、何を考えているだろうか?

 僕が彼女の立場なら、何を考えるだろうか?


 状況を整理する。

 僕は挨拶をした。逆に言えば、挨拶をされた。


 きっと返事を探す。うん、とか、はい、とか、こちらこそ、とか……そういう普通の人なら気にならないような問題を気にして、言葉が出てこなくなる。時間が流れる程に焦燥感が芽生え、逃げ出したい気分になる。


 東雲さんなら、どうするかな?

 僕が混乱している時、彼女は──


「土曜日の学校って、少し変な感じですよね」


 思い至ると同時に、声を出した。

 無理に会話する必要は無い。相手の話を聞くだけでも少し気が楽になる。僕の場合はそうだった。そして、一方的に話をすることには、配信で慣れている。


「初めて来ました。しかも、友達と待ち合わせ。落ち着かなくて、こんなに早く着いちゃいました。そしたら先に幻中さんが居て、少し安心しました」


 彼女は唇とキュッと結び、俯いている。

 その姿を見て考える。僕は次に何を言うべきだろうか?


 このまま独りで喋り続けても良いけれど、それでは勉強会が始まった時にも微妙な空気が続いてしまうだろう。


 やっぱり何か言いたい。

 返事がしやすいような……答えがひとつに決まっているような……そんな話題を。


「赤点の二教科って、どの教科だったんですか?」


 彼女はバッと顔を上げ、僕と正面を交互に見ながら口をパクパクさせた。

 やがてハッとした表情をすると、鞄から教科書を取り出して、机に置いた。


「……数学と化学。理系教科が苦手なんですね」


 彼女は首を縦に振った。

 多分、今日ここに来てから初めてコミュニケーションが成立した瞬間だ。


「数学なら少し分かります。せっかくなので、先に始めませんか?」


 僕は少し嬉しくなって、いつもより積極的な提案をした。

 彼女は驚いた様子で僕を見た後、また微かに頷いた。それを見て、僕は席をひとつ横にスライドさせた。


「……ぁ……ぉ」

「ん?」


 何か聴こえた気がした。

 目を向ける。彼女は机を見ながら口をパクパクと動かして、


「……ぁ……ありがと」


 と、静かな図書室の中でも聞き逃してしまいそうなくらい小さな声で言った。


「……どう、いたしまして?」


 全く予想していなかった言葉。

 何に対して感謝されたのかは分からない。

 

 ただ、自分でも怖いくらいに、ドキリとした。

 ──東雲さん達が現れたのは、それから少し後のことだった。



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