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Side:同盟結成(後)

 放課後。同級生と二人で話をする。そんなシチュエーションに憧れていました。


 やったねカノちゃん! 夢が叶ったよ!

 感想ですか? すごく帰りたいです!!


「……やっぱココ静かだね」


 やっぱ? やっぱりって言った? 空き教室の利用に慣れていらっしゃる!?


「急に付き合わせちゃってごめんね」

「……ぃ……ぃ」


 ああもうコミュニケーション能力ゼロ!

 ゼロなのはカロリーだけでいいのに!!


「何から話そうかな」


 東雲は楽しげな笑みを浮かべ、きっちりと出入口付近を位置取ったうえで言った。


 ……この女、ナチュラルに逃げ場を奪ったわね。手慣れている感じが恐ろしいわ。


 おかしい。どうして私はこんな思いをしているのかしら。

 そうよ。おかしいのよ。私は普通の高校生如きに弄ばれる存在ではないのよ。


 占いクリエイト。

 現代にトキメク乙女(つわもの)共の夢が集う場所。


 私は夢の提供者──もなきゃのん。

 小説を投稿する度にランキング上位の景色を見る存在。


 そ、そうよ。私はコミュ障ではないのよ。

 私のこの崇高な御言葉を下々の民草に提供することを控えているだけ。


 ふんっ! そう思えば何よこの金髪ギャル!

 占いクリエイトどころか小説も読めなそうな外見じゃないの!


 私は堂々とした態度で彼女を睨み付ける!

 噓です! ビクビクおどおどした態度でこっそり口の辺りを見ています!


 やがて、彼女は薄桃色の唇を微かに開き、声を出した。


「占いクリエイトって知ってる?」


 ……知らないですね。


「もなきゃのんって知ってる?」


 ……やばい、汗、止まらない。

 なぜ、なぜ? どうしてその名前が?


 百歩譲って占いクリエイトは分かる。いや分からないわねぇ。あんなの知名度の低い匿名掲示板みたいな存在じゃない。華の女子高生が知っているべきものじゃない。従って私は無関係です。知らないです。……噓です!! 毎日見てます!


 ななな、どうして!? どうしてそれを東雲が!?

 しかもペンネームまで!? なぜ!? どこから情報が漏れたの!?


「あたしファンなんだよねー」


 ……落ち着いて。これは孔明の罠よ。


「普通は恥ずかしくて逃げちゃうような描写でも真っ向勝負で描くところとか、登場人物のIQが乱高下するところとか、冒頭部分とか完全にギャグ系なのに、終盤部分になるとドキドキするところとか、マジ神だと思うんだよねー」


 ……ふーん、まるで本当に読んでいるような感想ね?


「あの原稿見て一発で分かった。君、もなきゃのん先生でしょ」


 ……ま、まあ、どうせ罠でしょうけど? 彼女、とても自信満々だから? ここで否定したら可哀想だから? 乗ってあげようかしら?


 私は儚げに目を細め、長い髪をファサっとかきあげる。

 こんなこともあろうかと一人で練習したポーズ。決まった。


 私はあえて虚空を見つめる。

 それから流し見るようにして彼女に目を向け、決め台詞を口にした。


「……ぁ……ば……ぇ」


 コミュ力ぅうううううう!!!

 なんでなの!? なんでこの流れでもダメなの!?


「あっ! 今の『薄幸少女は窓際で儚む』の主人公が良くやってる仕草だよね!」


 通じた!?


「あれ薄幸と発酵が掛かってるんだよね。マジ受ける」


 うるさいわね! アレは私の素よ! 腐ってない!


「てか、ここでソレが出るってことは、やっぱ本人じゃん♪」


 彼女は声を弾ませ、唇を嚙み羞恥と戦う私に近寄った。


「名前、教えてよ」

「……」


 喋りたい! でも言葉が出ない!

 感情と理解はとっくに追い付いてる。私が危惧した「恐ろしいこと」は妄想。彼女は私の書いた夢小説の読者で、あの原稿を見て気が付くレベルのファン。そして私に声をかけて──多分、お近づきになろうとしている。


 夢にまで見たシチュエーションだ。

 ここで勇気を出して一言でも話せれば、孤独で頬を濡らす日々に夜明けが来る。


 灰色の学園生活と、そうじゃない学園生活。

 境界線が目の前まで迫っているのに、その一歩が踏み出せない。


「……」


 口を開いて、閉じる。そんなことを繰り返す。

 ああ、何よこれ。完全に不審者じゃないの。東雲、今はまだニヤニヤしてるけど、そのうち「無視してんじゃねぇぞオラァ!」と不機嫌になるかもしれない。いいえ、きっと時間の問題よ。


 もうやだ。いっつもこう!

 せっかくチャンスがあっても、簡単な会話ができない!


 春高なんて選ぶんじゃなかった! あの子と一緒の高校に行くべきだった! 何が「せっかく受かったのにもったいない」よ! 私のバカ!


「待つよ」


 ──


「……」


 それは、水面にそっと木の葉を落としたような言葉だった。

 荒れ狂う泉の中央から優しい波紋が広がって、内から端まで穏やかにした。


 ドキドキと心臓の鼓動が聴こえる。

 遠くから聞こえる運動部の声、吹奏楽部の演奏。直前まで消えていたはずの音が、静まり返った世界を彩る。


 これが乙女ゲームなら、ワンクリックすればいい。

 次のテキストが流れて、それが台詞なら、音声が流れる。


 私も同じだ。

 たった一言、いつまでも笑顔で待ってくれている彼女に、伝えればいい。


 ……何を?

 そうだ、名前だ。名前を聞かれたんだった。


「……ぁ……ぉ」


 私の名前は、幻中花音。

 簡単な一言だ。でもその一言が、何か恐ろしい呪いに妨げられている。


「……っ!」


 私は黒板に向けて駆け出した。

 それからチョークを握り締め、乱暴に音を鳴らしながら名前を書いた。


 チョークを置き、バンッと黒板を叩く。

 私は目を閉じて、両足で床を踏みしめ、下を向いて声を絞り出した。


「……ま、もなか、かのん」


 勢いとは裏腹に、口から出たのは蚊の鳴くようなか細い声だった。


「じゃあ、花音ちゃんだ」

「……っ!?」


 しかし彼女は、まるで普通の会話をしているかのような口調で返事をした。


 身体が熱い。宙に浮くような感覚がある。

 私は呼吸も不安定になって、思わず教室から飛び出した。


 ──ばかぁ~!!


 すっごいチャンスだった! 何で逃げた!?

 あと一歩、あと一歩で友達ができそうだったのに!


「ちょいちょい、まだ話終わってないよ」

「なんで追ってくるのよ!?」

「お~、ちゃんとした声初めて聴いた。良いじゃん。良い声」

「っ!?」


 私は五十メートル走九秒の脚力を全開にして逃げる。

 その隣、彼女はケラケラと笑いながら並走している。妖怪かしら。


 私はぜぇはぁ息を切らして、しばらく逃げた。

 でも当然、笑いながら走ってる妖怪から逃げ切るのは無理で、捕まった。


 そして、短い話をした。

 高校生活を始めてから半年ちょっと。初めて行ったまともな会話。


 結論だけ言う。

 私達は、同盟を結成した。

第三話「同盟結成」終


────


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