リリからのお願い
女子生徒が図書室から走り去った後、東雲さんは「また後で!」と言って女子生徒を追いかけた。それから何が起きたのか僕は知らない。
ただ、昼休みの後、机の中に紙が入っていた。
──ごめん、今日の放課後はパス。用事できた。
タイミングから察するに、あの女子生徒と何かあるのだろうか? ……気になる。でも僕に真相を知る手段は無い。
ちょっぴりモヤモヤしながら下校。
そして食事の時間、ふと別のことが気になった。
「スパチャ、流行ってるのかな」
「不思議な呟きです。何かありましたか?」
机の向こう。
リリが箸を置いて不思議そうな声で言った。
「今日、別の子にもスパチャされたんだ」
「例の……東雲さんの友人ですか?」
「ううん、初めて話した子」
「なるほど」
リリは考え込む様子で目を閉じた。
僕は返事を待つ間に食事を進める。
やがてリリが目を開けた。
その緑色の瞳を見て、僕は背筋を伸ばす。
「特に流行ってないと思われます。学校では一度も耳にしていない言葉です」
「そっか。ありがとう」
リリは僕と違って普通の学校生活を送っている。
だから、やはり流行というわけではないのだろう。
「……高校生の流行なのかな?」
「今の一颯さんならば、直接質問できるはずです」
僕が呟くとリリが当たり前の提案をした。
「そうだね」
少し間の抜けた声で返事をした。
言われてみれば当たり前のことだ。
でも、ほんの少し前までは有り得なかった考え方である。
「ありがとう。そうするよ」
本人に直接聞く。
それから、配信でも相談してみることにする。
「お役に立てたようで何よりです」
リリは満足そうな笑みを浮かべた。
しかしまだ箸を持たない。何か話があるような雰囲気だ。
「一颯さん。お話があります」
「うん、どうしたの?」
「学園祭のことです」
僕は今の一言で色々と察した。
春高では毎年十一月頃に学園祭が行われる。
でもそれは、ただの学校行事ではない。
「推薦文なら僕が書くよ?」
「身内が書いた推薦文は、評価が低いと聞きました」
「そうなんだ。知らなかった」
リリは僕と同じ春高へ進学することを考えている。
入試には一般と推薦があり、推薦では在校生の書いた推薦文が必要となる。だから知り合いが存在しない場合、学園祭は在校生と接点を得る大きなチャンスとなる。
因みに僕は一般入試で合格した。合否は試験と面接の総合評価で決まる。ここは普通の高校と同じだ。ただし一般入試の門は狭い。僕の場合、合格できたのは奇跡だ。
「チケットを渡せばいいのかな?」
「できれば、お友達も紹介してください」
「分かった。紹介するよ」
「ありがとうございます」
リリは嬉しそうな声を出して、箸を持った。
「もしかして、友達を家に呼んで欲しかったのって……」
ふと頭に浮かんだ疑問を声に出す。
リリは澄ました表情で、口元を手で隠してから言った。
「リリは、いつもリリのことを一番に考えています」
予想通りの返答を聞いて苦笑する。
僕なんかよりも遥かにしっかりした妹で頼もしい限りだ。
……学園祭、か。
その後、食事をしながら考えた。
これまでの僕は、学校行事が来る度に憂鬱だった。
クラスで一致団結とか、友達と思い出作りとか……そういうキラキラした光景を傍から見ているだけの時間は、とても辛い。
でも、今回はいつもと違うかもしれない。
そう思うとワクワクする。どんな時間になるのだろう?
……楽しみだ。
東雲さんに声をかけられてから、色々なことが変化している。
例えば、学校でも会話するようになったこと。
東雲さんだけじゃなくて、その友達とか、クロとか、後は図書室で会った子とか。この数日だけで、本当に多くの人と関わった。
多分、これからもっと関わることになる。
だから急がなければならない。何を? もちろん、会話スキルの向上だ。
……頑張ろう。
心の中で気合を入れながら、僕は食事を続けたのだった。






