Side:……ぁ……ぉ……ぁ
……話しかけられた!?
わざわざ二人になったタイミングで、私をじっと見て……まさかあいつ、私のこと好きなの? 東雲と付き合ってるのに? なんて軽い男!?
……ダメよ。悪い癖。冷静に考えて。
目が合っただけで即落ちする男は夢小説の中にしかいない。こういう場合は、きちんと確認するのが一番。思い込みはラブコメの始まりよ。
「……ぁ、ぉ」
どうしてまともに喋れないのよ!?
あの女はどうしたのって、そう聞きたいだけなのに!
「東雲さんなら、多分保健室ですよ」
通じた!? 凄いわねこの男! やっぱり私のこと好きなんじゃないかしら!?
「今日は寝不足だったようで、朝から寝ています」
「……ぉ、ぇ」
そうなのね。
簡単な一言を伝えたいだけの人生でした。
もうやだこのクソ雑魚メンタル!
心の中はいつもお祭り騒ぎなのに!
しかも! なんでこの男が図書委員なのよ!?
二度と会うことは無い……みたいなこと思ってた私がバカみたいじゃない!?
まあいいでしょう。
起きてしまったことは振り返らない。私、今を全力で生きる主義なの。
とりあえず、あの女は来ないのね。
なら……これ、ワンチャンあるのかしら?
「もしかして、東雲さんに用事でしたか?」
──春風が、孤独な頬を、そっと撫で。
思わず一句詠んでしまう程に良い声です。
白状します。
先日、彼の台詞を耳にしてから妄想が止まりません。
今、手元には一枚の原稿用紙があります。
そこにビッシリと記されているのは……希望、でしょうか。
私は見ました。
あの女、紙と一緒にお金を渡していました。つまりそういうことです。
最初は見間違いかと思いました。
でも違いました。アレは確かに、確かにお金でした!
──再び、彼に目を向けます。
彼は、少しぼんやりした表情で此方を見ていました。
とても無害そうな外見ですが、油断しません。
だって、あの東雲と付き合っている方ですから。
私は軽く呼吸を整えて、静かに席を立ちます。それからササっと小走りで受付の前に立ち、頭を下げると同時に二枚の紙を差し出しました。
「……えっと」
戸惑うような声が聞こえましたが、ここはゴリ押します。
無言で差し出し続けることで、きっと思いは伝わるはずです。
……圧が加わりました!
どうやら紙を受け取ってくれたようです!
ペラ、と紙の音がしました!
どうやら中身を見てくださっているようです!
……待ちなさい。
私は、何をした?
まだ互いの名前も知らない男子に、それも学園のインフルエンサー的な存在である東雲の彼氏に向かって、何を渡した?
千円札と、原稿用紙。
原稿用紙に記されているのは……?
あ”あ”あ”あ”あ”!?
「ぁ……ぉ……ぁ」
あの、それ、やっぱり待って!?
言葉の代わりに鳴き声みたいな音を発しながら顔を上げる。
そこで私は気が付いた。
彼の隣、直前までは存在しなかったはずの人影があった。
「……ふーん?」
印象的な金髪。カラフルな長い爪。
一度見れば忘れられないその容姿の持ち主は──
「……っ!」
理解した瞬間、私は五十メートル走を九秒で駆け抜ける脚力を爆発させた。
終わりです。完全に終わりです。
きっと原稿を掲示板的な場所に張り出され、クスクス笑われるのでしょう。
どこを歩いてもクスクスクス。
視線を感じた私はエグエグエグ。
終わりよ! もう終わり! やっと孤独に慣れ始めたのに、次は悪目立ちして皆の玩具になるなんて! そんなの絶対に耐えられない!!
何たる失敗!
素敵な声に脳を溶かされたのかしら!?
「バカぁ~~!」
図書室を出た直後、私は叫んだ。
──だから、背後から迫る足音に気が付かなかった。
パチッ、と音がした。秒速五メートル程の運動エネルギーが封印され、慣性に従い身体が前のめりになる。咄嗟に出した足が地面を踏み、私は転倒を免れた。
……花音、良くお聞き。絶対に振り向いてはダメよ。
問題です。
私の脅威の脚力を右手ひとつで止めたのは、誰でしょう。
答えは、






