Side:図書室の影に潜む陰
私の名前は幻中花音。
初見で読めない苗字ランキング上位の存在だけれど、その実どこにでもいる普通の女の子。ただ、ほんのちょっとだけ、夢見がちなところがある。
自覚はあるのよ?
昔は、例えばそう……白馬に乗った王子様が私を見付けて愛してくれるみたいな、そういう絶対にありえない妄想をしていました。消し去りたい黒歴史ね。
今はもっと現実を見ているのよ?
例えば……そう、道端で倒れていたアラブの石油王を助けたら、数日後に転校生として現れて、色々な女子のアプローチを振り切って私に感謝を伝えるのだけど、目立ちたくない私は、つい素っ気ない態度を取ってしまうの。だけど彼は「俺になびかないなんて初めてだ」となり「おもしれー女」と、むしろ私に対する関心を強めるの。
どう? ギリギリありそうでしょう?
……え、ない? ありえない?
うっさいわね! 分かってるわよ!
あ”あ”あ”あ”! 何よこの高校生活!
イケメンに迫られない!
それどころか誰かと話した記憶がない!
待って待ってJKよ?
マンガなら何をやらせても一定の売上が出るアレよ?
なんで何も無いのよ!?
虚無! 私の高校生活すっごい虚無!
あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!
……
…………
改めまして、幻中花音です。
お前がモテないのは、そういうところだぞ。そう言ってくれた友達は、別の高校へ進みました。イソスタを見ると、とても充実しているようです。彼女との関係はもう終わりです。妬ましいわねぇ!
なんでよぉ!
黒髪ロング! 毎日頑張ってケア! お胸も絶賛成長中! ラノベならメインヒロイン張れるはずの私がどうして毎日孤独で頬を濡らしているのよ!? 夜明けの気配はいつ満ちるのよ!? 早くして!
性格がやばいからじゃん?
あ、そっかぁ……うるさいわねぇ”!
もう疲れました。
自分と会話する日々は沢山です。
一学期が終わりました。
私には、恋人ができました。
図書室です。
物静かな彼は、決して私を拒みません。それどころか、素敵なお話を提供してくれます。そう、お話です。分かりますか? 高校生に大事なのはトーク力。話の面白い人が偉いみたいな風潮ありますが……その方、年収おいくら? そのトークでいくら稼いだのかしら? ……ふふっ、そういうことよ。文学の方が”上”なのよ。
私は悟りを開きました。
卒業までの目標は、ここにある本を全て読むことです。
……はぁぁ、良い。こんな本もあったのね。
今日も楽しく放課後デート。
私はまだ見ぬ彼の深淵を覗くのです。
「あたし図書室来たの初めてかも」
……はい、おわりー。
はー? なんであいつが図書室に来るわけ?
東雲心音。
クッソ目立つギャル。
嫌いなのよね。あの「私こそ世界の主役」とでも言わんばかりの存在感。本ッ当に妬ましい。同じ難読苗字なのに、どうして私はボッチであいつはリア充なのかしら。
しかもあいつ、男と一緒じゃない。
何が「初めてかも」よ。後ろにハートマーク付いてそうな声で喋りやがって。
……おっぱじめないわよね?
ふざけんじゃないわよ。図書室に変な液体まき散らしてごらんなさい? 一部始終を撮影してネットにまき散らしてやるわよ?
……どちらにせよ、騒がれるのは不愉快ね。
そもそも、あいつ彼氏いたのね。
どんな奴なのかしら。まあ、どうせあいつと似たパリピよね。
「あれ、入学式の日に一通り回りませんでしたっけ?」
──背筋が震えた。
「入学式と言えばさ、校長の話やばくない?」
「覚えてます。とても印象的でした」
私は本棚に張り付いた。
理想の声が、そこにあった。
……今の、幻聴かしら?
もっと聞きたい。
しかし、待てども待てども次の声が発せられない。
……ちょっと、騒ぎなさいよ!
どうやら二人は勉強を始めたようだ。
はー? 図書室に来て勉強ですって? ……模範的だわねぇ!
……まあいいでしょう。
図書室、男女が二人。何も起きないはずがなく。
要するに、待っていれば喋る。そういうことよ。
「風早くん、どんな勉強してる?」
──来た!
「僕は、ひたすら書いてます。色々試しましたけど、今のところこれが一番です」
……
…………
気が付いた時、私は大草原で寝転がっていた。
見渡す限りの緑と晴れた空。
ぽかぽかと心地良い世界をそっと撫でた優しい風──それが彼の声だった。
「あたしに見惚れちゃった?」
不愉快なノイズねぇ"!!
私居るんですけど!? イチャイチャしてんじゃないわよ!
「はい、そんな感じです」
……しゅき。捗る。すごい捗る。
他人には話せないアレコレが、捗っちゃう。
「風早くん、これ、いいかな?」
ほんと不愉快なノイズねぇ!
あの女の声! すっごく癇に障る!
というか、何か渡した?
何かしら……見えないわね。
「これを、読めばいいんですか?」
「……しゃす!」
読む? どういうこと?
まあいいでしょう。グッジョブよ。もっと私のために囀りなさい。
「あの、これは、どういう意味なのでしょうか?」
「いいからいいから。続きは妄想で補完するから大丈夫」
「妄想?」
「言ってない」
「いえ、確かに」
「言ってないから」
「……はい」
煩わしいわねぇ! ノイズなのよあの女!
運動場の反対側まで届きそうな声やめなさいよ! 嫌いなのよそれ!
「それじゃあ、読みます」
来ちゃア~!
……思わず興奮してしまったけれど、何を読むのかしら?
そもそも、彼は誰なのかしら?
あの女の彼氏? ……んー? そんな雰囲気かしら?
まあいいでしょう。
今は彼の声に耳を傾けるのです。
「心音は、軽いね。ご飯、ちゃんと食べてる?」
……はい?
今の台詞……え、まさか、あの女、まさかそんな──同族、なのかしら?
ガタッ、と音がした。
「あれ、今何か音がしませんでした?」
動揺した私が本棚に足をぶつけた音である。
「誰かいるんですかね?」
ど、どうしよ、ごまかさないと!
でもでも、こんな場所でどうやって……っ!
「にゃ、にゃーお」
完璧ね! こういうシチュエーションはこれでごまかせるって古事記にもそう記されているもの!
「猫みたいですね」
ほら見なさい! 人間なんてこんなものよ!
さて、後は隠れていれば……
「うぃー」
東雲心音!?
「猫ちゃんは、何組の何さんなのかな?」
「……ぁ、ぃぁ、ぁた、うぇ」
「ん?」
──さて、お分かり頂けたでしょうか?
「……ぃぁ、ぇぁ、ぁぅ」
「あはは、何それ、おもしろ」
このように。
私が堂々と言葉を発することができるのは、心の中だけ。
「……!」
「あれれ? 逃げちゃった?」
私は逃げた。
何から? ……分からない。とにかく逃げた。
そして去り際、あの声の持ち主を見た。
……ああ、なんか、それっぽい顔してる。
目が合った一瞬、そう思った。
本当に素敵な声だった。毎日聴きたいくらい。
でも、さようなら。
二度と会うことは無いでしょう。
──結論だけ言います。
今の台詞、フラグでした。






