図書室と、例のアレ
僕は図書室の雰囲気が好きだ。
聴こえるのは、運動部の掛け声と吹奏楽部の演奏、それからページを捲る音だけ。
都会には喧騒、田舎には自然の音があるように、学校にも独特な音がある。その音を聴きながら本を読む時間は、とても心地良い。
図書室は広い。教室の二倍から三倍くらいある。八割は本棚が並ぶ場所で、残り二割は受付とか机が並ぶ場所。
普段、放課後は図書委員が持ち回りで受付を担当している。営業時間は授業後から五時まで。その後は六時まで利用できるけれど、本のレンタルはできない。要するに、勉強場所として利用できるのは六時まで。
利用者の数は、正直少ない。
僕も月に一度くらいは受付をしているけれど、本を借りに来るのは一人か二人だ。
例えば今は、僕と東雲さん。
「あたし図書室来たの初めてかも」
机にノートなどを広げた後、彼女は照れたような表情で言った。
「あれ、入学式の日に一通り回りませんでしたっけ?」
「……そうじゃん! あはは、昔のこと過ぎて忘れてた」
東雲さんの時間感覚、凄いな。未来を生きてる感じがする。
「入学式と言えばさ、校長の話やばくない?」
「覚えてます。とても印象的でした」
「だよね! あれ聞いて春高ってやばいって思ったもん」
入学式の日、一年生の前に立った校長先生は言った。
それは短いけれど衝撃的な内容で、とても印象に残っている。
君達が三年間かけて学ぶ知識は無価値です。卒業したら忘れます。
例えば校舎は人が作りました。地面からにょきにょき生えたものではありません。校舎を作るには高校数学で学ぶ三角関数が必須です。だから三角関数を覚える必要があると大人は噓を吐きます。これは間違いです。その知識は、家を建てたくなったら覚えれば良いのです。
ならば勉強することは無意味なのか? いいえ、違います。君達は、未来で勉強をするために、今ここで勉強するのです。
例えば何か夢を持ちました。それを叶える為には、一週間で千個の単語を覚える必要があります。どうしますか? ひたすらノートに書きますか? 声に出して読み続けますか? ……そうです。あなた自身に最も合った方法を見付けるために、勉強をするのです。
この三年間を通じて自分だけの勉強方法を見つけてください。そして、その能力を伸ばしてください。それができれば、あなた達はどこへ行っても通用します。私達は全力でサポートします。以上です。良い三年間を。
「風早くん、どんな勉強してる?」
「僕は、ひたすら書いてます。色々試しましたけど、今のところこれが一番です」
「なるほどね。てか風早くん勉強得意そう。前のテストどうだった?」
「……えっと、ギリギリ真ん中くらいでした」
「十分じゃん。ウチで真ん中なら好きな大学行けるっしょ」
……不思議だ。東雲さんと話してると元気になる。
他の人と何が違うのだろう? いつも楽しそうな笑顔だろうか? それとも感情豊かな声だろうか? ……今はテスト勉強の時間だけど、正直こっちの方が気になる。
「ん? どうかした?」
「……あ、いえ、すみません。なんでもないです」
じっくり見てしまっていた。
慌てて両手を振ってごまかすと、彼女はニヤリとして言う。
「あたしに見惚れちゃった?」
確かに、彼女の笑顔を見ていたのは事実だ。
「はい、そんな感じです」
「っ!?」
あれ、なんで驚かれたのかな? 東雲さんが質問したのに。
「…………」
彼女は机のノートに目を向けて、髪の毛を指でクルクルした。
よく分からないタイミングだけど、勉強を始めるってことかな?
……集中しよう。
軽く息を吐いて、気持ちを切り替える。
ちょうどそのタイミングで、彼女が声を出した。
「風早くん、これ、いいかな?」
顔を上げる。
彼女は何か手に持って、僕に差し出していた。
とても見覚えがある。
ピンク色の紙と、一万円札。
……スパチャだ。
書籍作業(別の作品)するので、しばらく二日に一回くらいの更新ペースになります