不思議な東雲さん
今日の僕は、昨日と一味違う。
具体的には会話の種を持っている。
鞄に入れたノートを意識する。
昨日は使う機会の無かったアレを解禁する時が来た。
むしろ使わなければと焦っている。
要するに気合が違うだけ……いや、気合が大事だ。頑張ろう。
多分、今日も教室に着いたら東雲さんに声を掛けられる。彼女の友達と、それからクロも来るかもしれない。
相手は五人。
目標は、発言すること。
非常に難易度の高い挑戦だ。でも大丈夫。相手は良い人達だから、恐れることは無い。
……学校まで、もう少し。
周囲にも人が増え始めた。
その中を一人でテクテク歩いて、
「あ、風早くん! うぃー!」
ちょうど校門の前を通ったところで、名前を呼ばれたような気がした。
「おはよっ」
……あ、東雲さんだ。
「んー? また何か考え事?」
……東雲さんだ!?
「すみません、ちょっとまだ心の準備が」
「あはは、何それ」
僕は俯いて、一度だけ深く息を吸った。
それから顔を上げ、改めて挨拶をする。
「おはようございます。何してたんですか?」
「…………」
「東雲さん?」
「……わっ、あ、ごめんごめん。何かな?」
珍しい。東雲さんも考え事してたのかな?
「やっぱ、あたしから聞いても良い?」
「はい、何ですか?」
教室じゃなくて、ここで?
難しそうな雰囲気だけど……もしかして、配信のことかな?
「やっぱり、見てました?」
昨夜も少し反省したけど、配信で学校の話をしたのは失敗だった。不特定多数に自分の話をされたら、誰だって気分が良くない。
きっと彼女は、それをやんわり伝えようとしてくれている。
「……すみません、困らせてしまって」
「ううん、全然大丈夫。確かにビックリしたけど、べつにその、嫌な気持ちにはなってないから!」
とても優しい人だ。本当に憧れる。
「今日は、この話をするために?」
「……うん、まあ、そんな感じかな」
なるほど、確かに教室だと難しい話だ。
「風早くん、駅と逆の方向から来るんだね」
「そうですね」
「いつもこれくらいの時間?」
「はい、もう少し早い日もありますけど」
「ふーん……」
これは、何の話なのかな?
「じゃあ、明日は、あの角で待とうかなー」
「ええっと、どうしてですか?」
「……風早くんと、話したいから?」
僕と話を……?
他にも何か言いたいことがあるのかな?
「ほら、教室で二人になるの無理じゃん?」
「そうですね」
二人で話したいこと?
嬉しそうだから、悪い話じゃないと思うけど……何だろう?
「とりま歩こっか。校門まで来て遅刻とかギャグだから」
「はい、行きましょう」
僕が頷くと、少しだけ先行を譲り合うような間があって、どちらからともなく移動を始めた。
……あれ、何も話さないのか。
歩き始めて直ぐに違和感を覚えた。
失礼を承知で、東雲さんと言えばマシンガントークなイメージがある。
しかし今日は静かだ。
時折僕の方を見て、不思議な笑みを浮かべるだけ。
「今日、一コマ、なんだっけ?」
この話題、チャンスかも。
「数学ですよ」
「そっか、数学だったか」
……ん、あれ、終わり?
本当に珍しい。でも、言うならこのタイミングだよね。
「ところで、授業のこと一コマとか一限とか言ったりしますけど、あれって何か法則とかあるんですかね?」
よしっ、言えた!
「さー、その日の気分じゃん?」
「……そうですか」
しまった、ここから先を何も考えてない!
いや諦めるな。ここからだ。まだ何かあるはずだ。
「……」
僕は、無力だ。
「風早くんは、ルールとか決めてんの?」
続いた!?
「ええっと、僕は、えっと、あれ?」
「なに急に焦ってんの? ウケる」
返す言葉が無い。
俯いてしゅんとしていると、東雲さんはいつものように笑った。
「そーいやさ、そろそろ中間試験じゃん?」
「……ああ、そうですね。忘れてました」
「勉強、してる?」
「…………」
いや、してる。してるぞ?
ただちょっと、ここ数日は別のことに気を取られていたというか……
「痛っ、東雲さん?」
デコをこつんと突かれた。
突然の出来事に戸惑いながら顔を上げると、彼女は首を左右に振って周囲を見た。
なんだろう?
そう思った直後、急に距離が近付いた。
「放課後、図書室」
彼女は内緒話をするように、僕の耳元で言った。
僕は驚いて、思わず逃げるようにして身を引いた。
直ぐに目が合う。
彼女はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべて、そっと唇を動かした。
「どうかな?」
その声は、周囲の喧騒を突き抜けて、不思議なくらいハッキリと僕の耳に届いた。
「もちろん、こちらからお願いしたいくらいです」
断る理由は無い。
僕が返事をすると、彼女は一瞬だけ安堵したような表情を見せた。
……安堵? いや、気のせいか。
「じゃ、また後でね!」
「はい、また」
……ああ、教室に着いたからか。
でも昨日は……まあ、そういう日もあるってことかな?
不思議に思いながら背中を見送る。
そして僕は、彼女より少し遅れて教室に入った。
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