これからの配信は、気を付ける必要がある(手遅れ)
夜、配信を始める前。
僕は今日を振り返っていた。
断言できる。これまでの学校生活の中で、最も密度の濃い一日だった。
多くの課題を見つけた。
一番は、瞬発力。相手の言葉を聞き、返事をするまでの時間が遅過ぎる。
だから決めた。
今日の配信では、コメントを見てから返事をするまでの時間を極限まで短くする。
……小さなことから、コツコツと。
深呼吸ひとつ。
バーチャルの姿を借りた僕は、マイクに向かって声を出した。
「こんばんは。皆さん、今日はどんな一日でしたか?」
いつもの挨拶で配信を始める。
少し間が空いて、見慣れたアイコンと共に「待ってたよー」とコメントが流れた。
「アリスさん、いつもありがとうございます」
アリスさんは常連さん。まだ配信を始めたばかりの頃に来てくれて、それから毎日必ず名前を見ている。
「友達と話せたか。はい、少しだけなら」
友達と話できた? という質問に答えた。
返事から少し間が空いて「よかった!」とコメントされた。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、ふと気になった。
当たり前だけど、配信中のやりとりには時差がある。
僕の声がインターネットを通じて届くまでの時間。それを見て、相手が何かタイピングするまでの時間。これらのロスが、会話に時間的な余裕を生み出している。
……音声読み上げソフトとか使って、コメント見ないようにすればいいのかな? 今度リリに相談してみよう。
内心でアレコレ考えていると、次のコメントが投稿された。
「ユウリさん、こんばんは。どんな話……色々、かな?」
返事をすると、三秒くらいで「色々って何?」と別の方からの質問。
ええっと、Kshe0208……
「ケーシーさん、かな? 初めまして」
とりあえず挨拶。
それから少しだけ考えて──いや、直観的に行こう!
「皆さん、体育の時間にペアを作れと言われ、世界を憎悪した経験はありますか?」
質問をして、少し待つ。
草とかダブリューとかのコメントが流れた。
「笑わないでください。割と本気ですよ?」
僕は笑いながら言った。
笑った理由は、もちろん楽しいから。
……ああ、やっぱり落ち着くな。
配信中の会話は、どうしてもワンテンポ遅い。
でも、それが僕には心地良い。リリと話す時に似ているからだろうか?
……後で考えよう。
軽く首を振って、言葉を続ける。
「でも今日、初めて声をかけられました」
直ぐに祝福のコメントが流れる。
それを見て僕は少しだけ戸惑った。
いつもよりも数が多い。気になって視聴者数を確認すると、三十八人だった。配信開始直後としては過去最高レベルだけど、四十人を超えた時よりも明らかにコメントが多い。
……なんでだろ?
疑問に思いながらも、僕は順番に返事をした。
「まりかさん、こんばんは。いえ、体育なので、男女は別々です。違う人ですよ」
クロだから……Cくん?
いやでも、配信中だけ「くん呼び」って違和感あるかも。
「仮に、クロとします」
僕は何秒か悩んだ末、そのまま愛称を使うことにした。
「最初、ビックリしました。声を掛けられたのはもちろんですけど、その理由が本当に予想外で……何て言ったと思います?」
あえて間を開ける。
その間に「気になる」「何だろう?」とか「月額三百円です(友達料金)」などのコメントが流れた。僕はそれをニヤニヤしながら見て、
「正解は、ぶっちゃけ下心だ、でした」
最初に聞いた時は本当に驚いた。
ちょうど「どういうこと?」とコメントしている人達と同じ気持ちだと思う。
……ん? ┌(^o^┐)┐なんだろう? まあいいか。
「それで、えっと、この前に話したKさんと付き合いたいのかと聞かれて……その、協力することになりました」
……あれ、今の言っても良いんだっけ?
「やば、これ内緒でした。しの、じゃなくて、Kさん見てないよね?」
嫌な汗が滲む。
僕は咄嗟に言い訳を考えて、
「皆さん、付き合うって何か知ってますか? 僕は今日初めて知ったのですが、沢山の話をしたり、休日一緒に遊んだり、家に呼んだりすることを言うそうです。つまり友達として、もっと仲良くなりたいって意味、ですよね?」
いつもより早口で、噛みそうになりながら言う。
「僕ずっと一人だったので、こういう専門用語? とか全然知らなくて、少し困っています。皆さん、同じような経験ありますか?」
言い切った後、コメントを待つ。
実際の時間は一瞬だったかもしれない。だけど体感時間は長く感じられた。
……大丈夫、だよね?
その後のコメントは、僕の無知をからかう内容があったくらいで、これは不味いと思うようなモノはなかった。
……気を付けよう。
配信中、僕はいつも話のネタに困っている。
だからきっと、見て感じたことを伝えることが癖になっている。
これまでは大丈夫だった。
だって、僕の現実には何も無い。
でもこれからは……少なくとも、今日は違った。
だから気を付けたい。既に一度、東雲さんに身バレしているのだ。どんな情報が何に繋がるのか分かったものじゃない。
でも、この配信を見ている人達は学校生活に興味津々だ。
その原因は僕が相談したこと。だから急にやめるのは不誠実だと思う。
……工夫、しないとだよね。
学校生活に続いて、配信でも課題が見つかった。
正直、頭がパンクしそうだ。でも、楽しいと思える。
だって、これまでの僕は空気と同じだった。そこに居ても居なくても同じ。誰かが気にかけてくれなければ存在していることにさえ気が付いてもらえない。
変わり始めている。
誰かに声をかけられたり、僕の話を聞きたいと思って貰えたり……そして何より、僕自身が、色々な課題を見付けて、それに取り組み始めている。
明日はどんな一日になるのだろう。
僕はどんな一日にしたいのだろう?
そのためには、何をすればいいのだろう?
考え始めたら止まらない。
頭の中でなら、東雲さん達の会話と同じくらいのスピードで物事が思い浮かぶ。
──このとき僕は、まだ知らなかった。
他人と関わること。それは連鎖的に、爆発的に多くの変化を起こす。決して、一人の人間が頭の中で処理できるような変化ではない。
僕は知らなかった。
だって、全部、処理できることだった。
その程度の人付き合いしかしていなかった。
でもこれからは違う。僕の想像なんか及びもつかない変化が、僕の知らないところで、既に始まっていたのだった。
──
これは東雲さんに聞かれちゃいましたね~^q^
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