いつもと違う昼休み
「うぃー」
東雲さんは手近な椅子に座ると、僕の机に菓子パンを置き、頬杖を付いた。
「体育の後って逆に食べらんないよね」
そして当たり前のように会話を始めた。
……僕は、何を見せられた?
あんな鳴き声みたいな……どうして会話が始まって……理解、できない。
「風早くん、お弁当なんだね。もしかして、手作り?」
「……えっと、はい、そうです」
「ま!? すご!」
クロに目線を送って助けを求める。
彼は箸を持ったまま、反対の手を口元に当てて言った。
「東雲と風早、急に仲良くなったよな。何かあったのか?」
「えー、それ聞いちゃう? てか黒柳くんこそ」
「俺の名前、言ったっけ?」
「中学一緒じゃん。分かるっしょ」
「絡み、無かったろ?」
「あたし全人類マブだから」
「羨ましい能力だ」
「あはは、能力とかウケる。それで風早くん、彼といつ仲良くなったの?」
「……ぁ、ぇ、ぇっと」
急に来た!?
やばい、えっと、何の話だっけ……?
「さっきの体育でキャッチボールをして、意気投合した」
クロ! ありがとう!
「そっか。でも、んー、あたし風早くんに聞いたんだけどなー?」
……ん、あれ? 足、踏んでる?
これ合図だよね? でも……え、このタイミングで?
「なーんてね。二人で何話してたの?」
僕が困惑していると、東雲さんはクロに向かって楽しそうに言った。
クロは少し硬い表情で僕を見た後、コホンと咳払いをしてから言う。
「男同士の話だ」
「下ネタ?」
「近からず、遠からず」
「えー、何それ。風早くん、教えてよ」
わっ、また急に来た。
えっと、聞かれたのはどんな話をしたかってことで……
「……お、男同士の話です」
「えー、あたしと風早くんの仲じゃんか」
東雲さん、ほんと楽しそうだな。
でも、クロと内緒って約束したし、話すわけには……。
「分かった。恋バナでしょ」
……こいばな?
「あれ違った? 絶対そうだと思ったのになー」
「いえ、あの……」
「なに?」
「変な質問かもですけど……」
言ってから、言葉を探す。
内容はシンプル。昨日と同じだ。
「……」
なのに、急に頭が真っ白になった。
……待て待て、バカ、急げ。さっきまで二人とも楽しそうに会話してたのに、僕が止めちゃダメだろ。
「……えっと」
僕は俯いて、また助けを求めてクロを見た。
彼は少し眉をピクリとさせると、東雲さんの方に視線を向けた。
釣られて僕も視線を動かす。
──待つよ
彼女を見た途端、昨日言ってくれた言葉が頭を過った。
「あの、こいばなって、何ですか? お花ですか?」
ビックリした。
こんなにもスムーズ……僕の中で、という注釈が付くけれど、とにかくスムーズに質問できるなんて思わなかった。
「……お花じゃ、無いよ」
東雲さん、なんか、笑い堪えてる?
……そうだよね。こんな真剣な感じに質問したら、笑えないよね。
「えっと、ずっと、一人だったので」
僕は頑張って笑顔を作る。
難しいことじゃないはずだ。家でリリと話す時、バーチャルの姿を借りて配信する時、僕は自然と笑みを浮かべているはずだ。それと同じことをすればいい。
「その、色々な言葉、知らないかもです」
自分は上手く笑えているだろうか。
なんでもない雑談をしているはずなのに、気になって仕方がない。
「……ふーん」
東雲さんはニヤリとして、
「風早くん、質問、上手になったね」
「……っ」
顔が熱くなった。
これは、どういう感情なのだろう。分からない。ただ僕は、彼女の視線から逃げるようにして、横を向いた。
「おー? 褒められるの苦手か?」
「……」
唇を嚙み、鼻で大きく息を吸った。
なんだこれ、なんか、おかしな感じだ。
「ああっと、お腹が痛い」
クロの声。
少し驚きながら目を向けると、彼は腹部に手を当てて言った。
「悪いが席を外す。風早、また後でな」
「……えっと、大丈夫?」
問いかけると、彼はグッと親指を立てて、小走りで教室から出た。
「あはは、黒柳くん、面白いね」
「……そうですね。良い人です」
東雲さんはクロに手を振った。
そして数秒後、いつも通りの笑顔で僕を見て言った。
「やっと二人で話せるね」
……やっぱり、なんか、変だ。
「ざんねーん、三人追加でーす」
ビクリとして顔を上げる。
「わー、来ちゃったか」
「そら来るっしょ。購買でパン買うだけだし」
「それな」
「あれ、机それ、もう一人居たの?」
いつもの三人。えっと、多分、右の人、真ん中の人、左の人の順番で喋った。ちゃんとした名前は、後で名簿を見よう。
その後、また朝と同じように、超ハイテンポな会話が繰り広げられた。クロは、昼休みの終わり際まで戻らなかった。だから僕を助けてくれる人は居なくて、だんだんと四人の話を聞くだけになった。
でも……
「風早くんもそう思うよね?」
「……はい、そうですね」
気を遣われていることは分かる。
だけど、東雲さんが偶に声をかけてくれることが嬉しかった。
「いやシノそれ言わせてんじゃん」
「言わせてないし。ね、風早くん」
「……はい、そうですね」
「ほら見ろー」
「いやボットかよ。同じことしか言ってないじゃん」
……いつか、こういう会話にも普通に交ざりたい。
そんな風に思いながら、僕はいつもと違う昼休みを過ごした。