表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/49

下心の正体

「俺のことはクロと呼んでくれ」


 キャッチボールを始めて直ぐ、彼が言った。


「それは、黒柳だから?」

「名前、言ったっけ?」


 僕と彼の距離は近い。

 多分、他の人に話を聞かれないためだ。


「体操着に……」

「そうか……」


 大きなボールと一緒に、小さな言葉を投げ合う。

 最初は戸惑ったけれど……楽しいかもしれない。


 普段と音が違う。

 いつもは雑音だった話し声の中に、僕の声が混ざっている。ただそれだけのことが新鮮に思えて、思わず頬が緩む。


「体操着ってのは、孤独だな」


 僕は突然の暴投に困惑した。


「常に自分を主張している。まるで、無理して高校デビューした結果、やがて偽りのキャラが自分を苦しめることになった坂下くんを見ているかのようだ」


 彼は何処か遠い目をして言う。


「存在とは、主張するものではない。自然と滲み出るものだ。そうは思わないか?」

「……良い言葉ですね」


 とりあえずボールと一緒に言葉を返した。


「ふっ、分かってるじゃないか」


 よく分からないけど嬉しそうだ。


「本題に入ろう」


 彼は少し声のトーンを落として言った。

 真剣な雰囲気が伝わってくる。僕は唾を飲み、次の言葉を待つ。


「風早、東雲に目を付けられたな」


 目を付ける。

 少し嫌な言い方に感じるけれど、否定する言葉は出てこない。


「中学から知ってるが、あいつが特定の男子に絡んでいるのは初めて見た」

「……同じ中学だったんですね」


 彼はボールを受け、動きを止める。

 そして僕の目を真っ直ぐに見て言った。


「風早は、どう思ってる?」

「……東雲さんのことですか?」

「そうだ。付き合いたいとか、そういうこと」

「……付き合いたい? 買い物とかですか?」


 あれ? なんか目付きが可哀想な人を見る感じになったぞ?


「もっと話がしたいとか、休日一緒に遊びたいとか、家に呼びたいとか、そういう感情があるのかって質問だ」


 なるほど、そういう意味なのか。


「はい、付き合いたいです」


 リリと約束をした。いつかきっと友達を家に呼ぶ。僕自身も、もっと話がしたいと思っている。学校の外でも一緒に遊べたら、きっと楽しい。


「それ、協力してやるよ」

「……え、なんで?」

「言っただろ。下心だ」


 思わず素直な疑問を口にすると、彼はボールを投げて言った。


「風早と一緒に居れば、東雲が寄ってくる。もちろんそれは、あいつ一人じゃない」

「……あの三人の誰かと、付き合いたいってことですか?」


 疑問と一緒にボールを投げ返す。

 彼はボールを素手でキャッチして、返事をする代わりに笑みを浮かべた。


「取引だ。俺が協力する代わりに、協力してくれ」


 僕は少しワクワクした。

 取引。まさかそんな言葉を学校で聞くことになるとは思わなかった。


「はい! こちらこそ!」

「バーカ、声がデケェよ」


 その言葉とは裏腹に、彼は満足そうな様子でボールを投げ返した。




 ──変わる、変わる。

 東雲さんと話をしてから、僕の日々が色を変えている。


 予感がした。

 これから何か、もっと大きなことがある。


 ただの直感。根拠は無い。

 単純に、浮かれているだけかもしれない。


 学校が楽しい。ワクワクする。

 それは、生まれて初めての感覚だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼この作者の別作品▼

新着更新順

 人気順 



▼代表作▼

42fae60ej8kg3k8odcs87egd32wd_7r8_m6_xc_4mlt.jpg.580.jpg c5kgxawi1tl3ry8lv4va0vs4c8b_2n4_v9_1ae_1lsfl.png.580.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ