友達の定義
僕の通学手段は徒歩である。
移動時間は十分くらい。その間、普段は心を無にしている。でも今日の僕は、ふと友達の定義について考えていた。
友達とは、何なのだろう。
例えば「友達になろう」と申し込み、それを相手が受け入れた瞬間から「友達関係」が成立するのだろうか?
違和感がある。
例えば僕がイメージする友達は、体育などで自然とペアになったり、休み時間に話をしたり、休日に会って遊んだりと、そういう気の置けない関係のことである。
全くイメージできない。
東雲さんと休み時間に話をしたり、何かの授業でペアを組んだり……しないと思う。
ならば、僕と彼女の関係はこれまで通りのクラスメイトであり、何も変わっていないのではないだろうか。
……どうしよう。
きっと会話が不足している。
もっと沢山の会話をすることで、一般的な友達関係に近付けるはずだ。
しかし、何を話せばいいのだろう?
……少しシミュレーションしてみようか。
「こんにちは!」
と僕が声をかける。
きっと東雲さんは挨拶を返してくれる。
「今日は良い天気ですね!」
と僕が言葉を続ける。
きっと東雲さんは何かしらの反応をしてくれる。
「…………」
終わりだ。会話終了だ。
ここから会話を続ける方法が浮かばない。
そもそも、いつも友達と一緒な東雲さんと会話する機会なんて、あるのだろうか?
大変だ。これは非常に良くない。
何か考えなければ、僕は空気のままだ。
……でも、どうすれば?
頭が真っ白になりそうだ。
しかし諦めるわけにはいかない。僕はリリを安心させられる兄になりたい。
……普通の高校生って、どうやって友達と会話してるんだろう。
あれこれ考えながら歩く時間は一瞬で、気が付けば学校に到着していた。
……他の人を、参考に。
校門から昇降口へ向かう途中、チラチラと周囲を見た。そこで僕は、ほとんどの人達が二人以上で行動していることに気が付いた。
……おかしくないか?
教室で会うなら分かる。でも学校に着いた時点で一人じゃないってどういうことだ?
……同じ家に住んでる、とか?
いや、それはない。
一組二組ならともかく、この数は異常だ。
「お、風早くんじゃん。やっほー」
「おはようございます」
ならば他の可能性……
ダメだ、皆目見当が付かない。
「なんか難しい顔してんね。どしたの?」
「友達と一緒に登校している人達は、どこで会っているのかなと」
「電車とか待ち合わせとかじゃね?」
そうか、電車だ。駅で一緒になったのだと考えれば違和感は無い。
「ありがとうございます。おかげで……」
「ん? おかげで、なに?」
すぐ隣。とても見覚えのある人物。
微笑みを浮かべ首を傾けた姿を見て、僕は思わず叫んだ。
「東雲さん!?」
「あはは、リアクションでっか。おっそ」
お腹を抱え楽しそうに笑っている。
ひとしきり笑った後、彼女は「はー」と息を吐いてから僕に言った。
「もしかして気付いてなかった?」
「それは、その……考え事をしていたので」
「そっか。なら良かった。メッチャ塩対応でマジ焦ったし」
「……すみません」
「いいよいいよ。てか早く教室行こ」
そう言って彼女は僕に背中を向けた。
……嵐のような人だ。
僕は上履きに履き替えて、教室を目指す。
「風早くん、いつもこの時間?」
「はい、大体この時間ですね」
それにしても驚いた。まさか向こうから声をかけてくるとは思わなかった。
「風早くん、また何か考えてる?」
「はい、そうですね」
僕は足を止めた。
そして、いつの間にか隣を歩いていた人物の姿に気が付いた。
「「東雲さん!?」」
真似しないでください!
「あはは、おもしろ」
心底楽しそうに笑う姿を見て、無性に背中が痒くなる。
「てかガン無視とか酷くない? 泣きそうになったんですけど」
「無視……?」
「絶対一緒に教室行く流れだったじゃん」
「……そうだったんですか?」
正直に返事をすると彼女は目を丸くした。
「あはは、風早くんガチじゃん。おもしろ」
ガチとは、何を意味する言葉なのだろう。
さっぱり分からないけれど、僕の何かが彼女のツボに入ったらしい。
「今度は何を考えてたの?」
もう次の会話!?
どうしよう、考える暇が無い。
ここはあえて沈黙することで時間を……
「当ててあげようか?」
沈黙さえも許されない!?
「あたしのことでしょ」
「……正解です」
「マ? 何それ、どんなこと?」
僕は唇を噛み、教室へ向かう。
完全に彼女のペースで、なんというか、心の整理をする時間が欲しかった。要するに僕は逃げ出した。
「んー、何かなー? 気になるなー?」
しかし、回り込まれてしまった。
彼女は僕の隣を歩きながら、とても楽しそうな様子で問いかけてくる。
「ねー、いいじゃん。教えてよ」
僕はそっぽを向いて彼女を無視した。
我ながら失礼な反応だ。しかし、それがまた面白いようで、彼女は楽しそうな様子で声をかけ続けてくる。
……あと十秒くらい。
教室は目と鼻の先。
そこまで耐えれば、きっと東雲さんは他の友達を優先する。
短いようで長い時間。
僕は、どうにか自分の席に辿り着いた。
「そろそろ教えてよー」
どうして目の前に!?
そこ東雲さんの席じゃないですよ!?
「あれ、シノ? またそれと絡んでんの?」
……あ、終わった。
「最近仲いいよね」
「珍しい」
いつもクラスの中心で騒いでいる四人が、僕の机を取り囲む。
……どうする? こんなの、想定してないぞ。
背中に冷や汗が滲む。
朝の会が始まるまで、恐らく残り十分くらい。
僕は、とても困難な状況に陥ったことを理解した。